ガバナンス向上のためには監査法人のローテーション制度は不要?

海外逃亡した日産前会長ゴーン氏の刑事弁護費用が日産の保険(会社役員賠償責任保険=D&O保険)から賄われている…というニュースはきわめて興味深いですね(デイリー新潮の記事はこちら)。昨年12月3日に成立した改正会社法では、D&O保険の法制化が図られていて、誰にどれだけの保険金が支払われたのか、それを誰が了承したのか等、(正確には政省令改正後に判明しますが)事業報告で開示されることになりますから、会社としては、このようなことも株主総会で説明責任を果たす必要が生じます。刑事手続き費用が保険から捻出されるのは当然といえば当然ですが、世間的にD&O保険の内容について知ってもらうことが最優先の課題だと考えています(ここから本題)

日本経済新聞(1月19日朝刊より)

さて、1月19日の日経朝刊2面に「監査法人、10年超継続7割」との見出しで、(会計監査を担当する)監査法人を長期間にわたって変更していない上場会社が7割に及ぶ、と報じる記事が掲載されています(監査法人の在任期間を開示する新たなルールを早期適用している上場会社の調査)。老舗企業の中には(会計監査人として)同じ監査法人を50年以上も選任し続けているところもあるのですね。たしか東芝も50年近く変更していなかったと思います。

監査法人を変更しない理由として「パートナーローテーション(同じ監査法人だが、責任者が5年で交代する制度)を実施しているから『なれあい』は防止できる」といった理由と「会社のことをよくわかっている会計監査人のほうがガバナンス向上に資する」といった理由があるようです。たしかに、上記日経記事の問題意識は「どうすれば会社と監査法人との『なれあい』を防ぐか」というものなので、監査を受ける会社側の上記理由も「もっとも」のように聞こえます。

しかし、会社と会計監査人との関係が長期化することの問題は、単に「なれあい」だけではありません。「なれあい」から想像できることは、なにか問題に気づいても「問題を指摘しない」「不正の疑惑を見逃す」といったイメージです。「なれあい」と聞くと「不誠実な関係」を思い浮かべますが、誠実な会社と会計監査人の関係にも長期化が及ぼす弊害があるように思えます。

たとえば、関係長期化の問題は「社内の常識は社外の非常識、ということに気づかない」というところにもあると考えています。以前、会計士の職業倫理に関するエントリーでも触れましたが、毎年少しずつ不適切な会計処理が行われて5年経過した場合、最初の1年目と5年目を比較すれば誰だって「おかしい」と感じます。しかし1年ごとに判断がリセットされてしまえば「茹でカエル状態」になって「不正に気付かない」ということもあるのでは。

また、同じ会計事実をみていても、東芝事件の新日本とPWCの意見の相違、ライザップの「債権取り立て益」計上への新旧監査法人の判断、少し古いですが三洋電機の「(子会社株式評価に関する)三洋減損ルール」に対する第三者委員(会計士)と会計監査人との意見の相違など、同じモノをみても意見が分かれるのですから、投資家にとっても会計監査人の交代にメリットはありそうです。

私は「なれあい」よりも、この「会計士が同じものをみても、意見は分かれる」ということを知る機会が投資家に与えられない…というところに関係長期化の問題点があるように思います。昨年6月に「KAM相当事項」を三菱ケミカルホールディングスグループが開示しましたが、そのほとんどが「無形資産の評価」に関するものであり、プロの会計監査人ですら他の専門家に評価をゆだねざるを得ない、という現実を知りました。今後、制度会計に無形資産の評価が当たり前の時代となれば、いくつかの監査法人から資産評価を受けることも、企業のリスク管理のひとつではないでしょうか。

もちろん、欧州がローテーション制度を採用したからといって、会計不正を防止する、という意味では、決して同制度だけが方策とは限らないと思います。ただし「見送る」のであれば、ローテーション制度を採用していない米国のように、監査法人に厳しい責任(たとえば最近でも会計不正を見逃したPWCに630億円の民事賠償命令が認められたそうですが)を認める制度を採用することも検討する余地があると思います。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年1月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。