新型肺炎で「不安は助けにならない」

長谷川 良

独週刊誌シュピーゲル最新号(2月8日号)は、オックスフォード大学元熱帯医学教授、現在はイギリスに本拠地を持つ医学研究支援等を目的とする公益信託団体「ウェルカム・トラスト」のジェレミー・ファーラー所長(Jeremy Farrar)に、中国武漢で発生した新型コロナウイルスへの対応と問題点について緊急インタビューしている。非常に教えられる内容だから、同インタビューの概要を以下紹介する。

▲「不安は助けにならない」と呼び掛けるファーラー氏(ウィキぺディアから)

▲「不安は助けにならない」と呼び掛けるファーラー氏(ウィキぺディアから)

ベトナムで2003年、重症急性呼吸器症候群(SARS)が発生した時にその対応に従事した経験があるファーラー氏は、「新型コロナウイルスは過去のSARSより感染力が強く、SARSの場合は9カ月かかったが、発生数日間で人間から人間へ感染し、多くの死亡者を出している」と指摘。武漢だけではなく、中国の他の都市にも感染が広がり、病院は患者で溢れている。医者や看護師は患者の対応の為、生命の危険を顧みず限界まで働いていると証言する。

ファーラー氏は、「来週に入れば重要な決定を下さなければならない状況を迎えるかもしれない」と懸念している。新型コロナウイルスは容易に人間から人間に感染し、重症となる一方、症状がまったく出てこないケースもある。その新しい肺炎ウイルスをコントロールすることは非常に難しく、SARSのように早く消滅することは期待できないと予想している。

中国政府は先月、武漢市などの大都市を閉鎖する対応に乗り出した。ファーラー氏は、「5000万人以上の国民を隔離することがどんなに難しい事かを考えてみてほしい。中国のように、大都市の空路、陸路を閉鎖するという体験はSARSの時も豚インフルエンザの時もなかった。全く、新しい事態だ。過去では世界的に約5000万人の犠牲者が出たスペイン風邪(1918年~20年)の時ぐらいだ」と強調し、中国当局の決定を「大胆な対応」と評価している。

同氏は、「欧米の都市では何週間も都市の機能を停止するような対応は取れない。そのような事態になれば、人々は人権侵害として暴動を起こすかもしれない。ぜいぜい『自宅に留まるように』というしかないだろう」と説明する。

新型コロナウイルスが発生して以来、中国共産党政権は事実を隠蔽し、迅速な対応が遅れた、という批判を受けている。政治家や専門家は、国民に迅速、透明性をもって情報を提供しなければならない一方、パニックが生じないように配慮しなければならない。そのバランスは難しい。

ファーラー氏は、「国民は冷静になり、最悪の事態を回避するために理性的に行動すべきだ。不安は我々には助けにならない。感染病専門家にとって、新型コロナウイルスが開発途上国に広がっていくシナリオが最悪だ。医療システムが完備せず、専門医もいないような国に感染が広がればどのような状況となるかを考えるべきだ。欧米諸国はそのような国々に防護服、迅速検査、医薬品などを支援すべきだ」と指摘する。

新型コロナウイルス対応では今後数週間が重要だといわれている。ウイルスが中国本土外で独自の感染ルートを広げていくかもしれないからだ。タイに旅行した韓国人女性がウイルスに感染したというニュースは感染病対策の専門医に大きな懸念を引き起こしている。なぜならば、「彼女は中国を訪問したこともないし、ウイルスの感染者と接触したこともないのに、感染したのだ。すなわち、第2次、第3次、第4次の感染が既に生じていることが予想されるからだ」という。

新型肺炎が拡大して以来、中国ばかりか、世界的にマスクが不足してきた。それだけではない。感染を予防する防護服が不足してきたという。ファーラー氏は、「大多数の医療用防護服は中国で製造されている。重要な商品が一国だけで独占的に製造されている状況は非常に危険だ」と主張する。

韓国の現代自動車は自動車製造の部品を中国で行っているが、その部品工場が今回の新型コロナウイルスで一時閉鎖され、部品が韓国へ供給できなくなった。そのため、現代自動車は自動車の製造工程を停止せざるを得なくなったというニュースが流れていた。

欧米の大企業は労賃が安い中国で製品の一部や部品を製造しているが、新型コロナウイルスのような事態が発生すれば、中国からの供給ルートが途絶える。そうなれば、世界の経済に大きな影響を与えるわけだ。特に医薬品の場合は生命の危険性が出てくる。

中国は世界の物品製造拠点となっているため、それがウイルスにやられた場合、世界経済に大きなダメージを与える。重要なアイテムの場合、製造拠点の多様性が大きな課題となるわけだ。

最後に、ワクチンの開発について。国際的研究開発費支援機関(coalition for epidemic preparedness innovations=CEPI)は新型コロナウイルスへのワクチン製造に全力を投入している。

ファーラー氏は、「人間に利用できるまで少なくとも半年かかる。現実的に言えば、今年末までに完成できれば幸いだ。それでも通常より早い。最悪な場合、新型コロナウイルスへのワクチンを製造できないかもしれない。また、新型コロナウイルスは一定の季節に集中的に拡大するインフルエンザのようではなく、年中流行するのかもしれないのだ」と警告する。

武漢では1月中旬、HIV医薬品を利用して、200人余りの患者に治療が試みられているが、期待された結果はまだ出ていない。現時点では、医者は患者の症状を軽くし、重症者を集中治療室で治療するだけだ。

ファーラー氏は、「不安は助けにならない」と繰り返し訴えている。世界は新型肺炎対策のため総力を動員し、ワクチン開発、感染防止のために取り組むべき時だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。