新型肺炎がもたらす中国中枢部の激震

岡本 裕明

日露戦争の際、ロジェストヴェンスキー率いるロシアバルチック艦隊は遠路はるばる極東に向かいますが、日英同盟の効果があり、英国海軍は先回りしてバルチック艦隊の補給路をひたすら邪魔します。ロシアと近い関係だったドイツがサポートし、アフリカでの給油はかろうじてできるほど迷走し、乗務員の士気は落ち、その後の連合艦隊との戦いでの敗戦への遠因となります。

今、クルーズ船がその停泊地を求めてさまよう姿を見ているとこのロシアバルチック艦隊の迷走ぶりがすっと頭に浮かんできてしまいます。バルチック艦隊は本質的に強かったのか、という疑問に立ち返るとロシアの皇帝、ニコライ2世の独裁覇権主義にあり、ロジェストヴェンスキーのように優秀かもしれないけれど実務経験がない男にその運命を託す間違いを犯すことになるのです。

中国がこの20年で急速に力をつけたのはご承知のとおりでありますが、その力とは外国からの技術の導入と安価な輸出産品、そして13億人の人口を背景とした購買力に多くの国は「言うなり」になってきました。しかし、その統治の裏には一部の政治家が野心に燃え、同じ、共産党という枠組みの中で激しいつばぜり合いを行う身内同士の戦いがずっと続いてきました。

世界での覇権を進め、国内では政争を繰り返すスタイルはがロシアが日露戦争敗戦後にロシア革命につながっていく直接的原因になったこととどうしてもイメージが重なってしまうのであります。

今回の新型肺炎の対策には習近平国家主席の影は薄く、李克強首相の指導力が目立っていると報じられています。この「報じられている」というのが事実関係よりも意味ある点であります。国民意識が習近平体制の弱体化を如実に表しているともいえるのです。

武漢金銀潭医院で医療関係者と交流する李克強氏(新華社サイトより)

政府の代弁者である中国のメディアは誰の味方をすべきか、当然先読みをしているはずです。習近平国家主席においてはこのところの失策はあまりにも大きかったと思います。

米中通商問題では第一弾の締結にはどうにか至ったもののそこまでの道のりは長く、迷走したといってもよいでしょう。香港問題は火消しの方法がはっきりせず、危機管理という点で弱みを見せました。また、今回の新型肺炎でも初動判断の誤りが指摘されています。この3つの問題すべてにおいて第一歩目を踏み間違えたところに習近平氏の今や言い訳できないところまで追い込まれた窮地を見て取ることができます。

次の問題は3月から始まる全国人民代表大会(全人代)の開催の可能性であります。目先、ウィルス問題が終焉すれば予定通りの開催も不可能ではないですが、現在の状況からすれば習近平氏自身が周到な準備ができないまま全人代に臨むことになり、それは氏の保身を考えればあまりにも無謀な挑戦のように見えます。

仮に全人代の予定を大幅にずらすようなことになれば4月の日本訪問もリスケジュールすることになる可能性は否定できません。中国が抱える問題は山積しているにもかかわらず、あらゆるところでマヒが生じており、実体経済については極めて大きな落ち込みが見込まれます。

1-3月のGDPは5月にも発表になると思います。6%以上を維持してきたその成長率の数字をどう作るかは中国にとってお手の物でありますしょうが、実態は相当なマイナス成長に陥っているものと思われます。習近平氏の国家主席としての地位が極めて危ぶまれてきているように感じます。

ロシア革命は日露戦争中の1905年1月に起きた血の日曜日事件を端に1917年の革命まで国内は荒れ狂います。今の中国はまさに1905年から17年の間のロシアが陥った背景に似てきています。民衆の蜂起という点では香港にみられるだけで本土内はかろうじて収まっていますが、それは文化大革命や天安門事件を経験した中高年の恐怖心なのだろうみています。

思った以上に中国国内での政権に対する不満が高まっている可能性を否定する理由はどこにも見いだせないかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年2月13日の記事より転載させていただきました。