第92回アカデミー賞主演男優賞はトッド・フィリップス監督の「ジョーカー」役で活躍したホアキン・フェニックスが受賞したが、レオナルド・ディカプリオらと共に主演男優賞候補者にノミネートされていたジョナサン・プライスが主演する「2人の教皇」(The Two Popes)を最近、Netflixで見た。映画では、プライスは教皇に選出される前のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿役を、アンソニー・ポプキンスはべネディクト16世役をそれぞれ巧みに演じていた。
映画のタイトルから、生前退位したべネディクト16世(在位2005~13年)を中心としたバチカン内保守派聖職者とフランシスコ教皇の間の争いをテーマにした映画と考えていたファンは期待外れに終わっただろう。映画では、性格も出自も異なる2人のローマ教皇の出会いと交流が主要テーマだ。
神学の世界に生きるべネディクト16世と、人間的なふれあいを重視するフランシスコ教皇との交流がよく描かかれていた。アルゼンチン軍事独裁政権下で苦闘する枢機卿時代のフランシスコ教皇、生前退位を決意したべネディクト16世の苦悩など重いテーマが軽いタッチで描かれている。
ちなみに、フランシスコ教皇の場合、軍事独裁政権と癒着していたという批判は教皇に就任された後も教会内外で囁かれてきた問題だ。フランシスコ教皇がローマ教皇に選出されて7年目を迎えようとしているが、母国アルゼンチンを訪問していないのは枢機卿時代に苦い思い出があるためだ、といった憶測が流れているほどだ。映画では、べネディクト16世がベルゴリオ枢機卿(フランシスコ教皇)の過去の痛みを慰めるシーンがある。2人の教皇は自身の過去の過ちをそれぞれ告白し、神の前で赦しを求める。
ちなみに、イギリス・ウェールズ出身の俳優プライスは実際のフランシスコ教皇と容貌がよく似ているから、抵抗なく映画の世界に溶け込むことができた。ポプキンスのべネディクト16世もいい。配役の選出は成功している。学者べネディクト16世とサッカーファンで知られているフランシスコ教皇がW杯決勝戦、アルゼンチン対ドイツ戦をテレビで観戦しながら応援するシ―ンで映画は終わっている。
ところで、ローマ教皇を描く映画は昔から結構多い。カテゴリーとしては、「ドキュメンタリー映画」から教皇の生涯などを描いた「実話物語」、そして教皇をテーマとした「フィクション」だ。映画化されたローマ教皇では、27年間の最長任期を務めたヨハネ・パウロ2世(在位1978~2005年)やカトリック教会の近代化を推進したヨハネ23世(1958~63年)が人気がある、そしてナチス・ヒトラー時代に生きたピウス12世(1939~58年)を描く映画も少なくない。歴史の激動時代に生きたローマ教皇の言動に人は関心があるからだろう。
興味深い点は、ローマ教皇をテーマとした映画にはコメディが多いことだ。世俗化した社会ではローマ教皇の言動はコメディの格好のテーマとなるのかもしれない。そのカテゴリーに入る映画としては、「法王様ご用心」(1990年)、イタリアとフランス合作の「ローマ法王の休日」(2011年)などが挙げられる。
今年1月にはイタリアでスカイTVシリーズ「新しい教皇」(The New Pope)が始まった。「新しいローマ教皇」役(架空の教皇、ヨハネ・パウロ3世)をジョン・マルコヴィッチが演じている。2016年9月にスタートした英国俳優ジュード・ロウ主演、架空の教皇ピウス13世を描いた全10話のTVシリーズ「若い教皇」(The Young Pope、邦題「ピウス13世、美しき異端児」)をフォローアップした映画だ。
ここにきてローマ教皇を主人公とした映画が頻繁にメディアに報じられる背景には、教皇の次期選出会(コンクラーベ)が近いのではないか、といった映画人の予感が働いているのだろう。南米出身のフランシスコ教皇は、「自分は動けなくなれば即退位する」と言って憚らない。今年3月で教皇就任7年目に入るフランシスコ教皇は既に83歳だ。膝が弱くなったほかはまだ健康には大きな問題を抱えていないが、バチカン内の保守派聖職者との戦いは日増しに激しさを増してきただけに、いつ生前退位してもおかしくはない、といった予感だ。多分、それは大きくは外れていないだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。