スポーツのプロ化構想① 服用する前にお読み下さい編

日本では、コロナウイルス感染拡大に伴う自粛ムードで大変なようですね。2009年の新型インフルエンザの世界的流行の時を思い出します。旅行業界は、今週前半時点で既に3分の1くらいの予約がキャンセルになっているという話を知人から聞きました。今はもっとひどくなっているかもしれません。僕も来週日本から来客予定なのですが、キャンセルにならないかヒヤヒヤしています。万全な準備を行い、あとは待つだけです。

aaron_anderer/flickr:編集部

2009年の経験から学んだのは、「花が咲かない時は、根を張れ」です。悪い流れに抗っても何もできないですし、自分がコントロールできる部分にリソースを集中する方がベターです。こういう時こそ自分が行っているビジネスの本質に立ち返って、自分がすべきことを再確認し、やるべきことをやり続けるのが重要かなと思います。「辛い時こそ胸を張れ」(SoulJa「Rain」より。この歌には励まされました)なのです。

というわけで、コンサルタントである私ができることと言えば、思考訓練でしょうか。僕は顧問先やクライアントから様々な経営課題に関する相談を受けるので、その際にどれだけたくさんの「議論のひきだし」をもっているかが、質の高いディスカッションを経た解決策の検討において重要になります。

ひきだしを増やすには、特定のトピックについて自分なりに考え尽くしてみるということが有効に思えます。これを様々なトピックについて行っていると、いろいろな部分で結びつきが見えてくるようになり、結果的にひきだしが重層的に増えていくのです。

さて、昨年のラグビーW杯実施中にラグビーのプロ化構想についてTwitterでつぶやいたところ、結構バズりました。

ラグビーW杯は大成功に終わり、日本代表チームの爽やかな活躍を記憶していらっしゃる方も多いでしょう。その後、ご存知のようにラグビー界ではプロ化構想が公表されましたね。年明けにはラグビー協会が2021年からスタートする新リーグの参入要件を発表しました。

ラグビーワールドカップ公式Facebookより:編集部

ラグビーに限らず、これからもスポーツ界ではプロ化の話が定期的に出てくると思います。良い機会なので、スポーツのプロ化に関してちょっとした思考訓練をしてみようと思います。ちなみに、ここでいう「プロ化」とは、「顧客を想定し、顧客への付加価値増大による拡大再生産のサイクルを目指すことで組織のレベルアップを図ること」と定義しておきます。分かりやすく言えば、お客様のためにやるのがプロで、自分(身内)のためにやるのがアマチュアです。

日本の競技団体の多くで見られるスポーツのプロ化の最大のハードルは、プロチームと実業団チームの混在をどうまとめるかです。実業団チームは、基本的にインナー施策としての顧客(社員)は想定しているものの、広義の顧客(観戦者や協賛企業、メディア、地方自治体など)は想定していません。あくまでも福利厚生の範囲内での活動に限定されるため、プロチームと足並みが揃わない場合が出てきます。

例えば、チケットを売る時。プロチームは当然、チケットを観戦希望者に有料で販売しますが、実業団チームは親会社や関連企業にチケットを招待券として無料配布してしまいます。これは、チケットを「販売」してしまうとそれが事業になってしまい、福利厚生の範囲から逸脱してしまうからです(事業には規模拡大を見据えたリソースの追加投入が必要になるが、福利厚生はそれを想定していない)。実業団チームの場合、親会社は事業(スポーツビジネス)を行う前提でチームを保有・支援しているわけではありません。

しかし、チケットはスポーツビジネスの最も基本的で重要な商材であり、チケットをタダで配布するということは「私たちの売り物に価値はありません」と言っているのと同義です。せっかくプロチームが価値を高めようとチケットを有償で販売しても、招待券として配ってしまうチームが混在すればリーグ全体としての事業価値を高めることはできません。まあ、チケット販売は一例ですが、こうした足並みの乱れがプロリーグとしての成功を難しくするのです。

競技レベルや顧客サービスの持続的なレベルアップを図るには、確かにプロ化が唯一の選択肢になるでしょう。しかし、プロ化にはリスクが伴います。ベストシナリオでは、10年後に世界と勝負できる競技に育つかもしれませんが、ワーストシナリオでは、3年後に経営破たんしてしまうかもしれません。実業団のまま続けていれば、15年後も存在しているかもしれないのに。

ツイートでも書きましたが、「実業団がプロ化するのは、サラリーマンが起業するのと同じ」です。ベンチャー企業の生存率は「創業から5年後は15.0%、10年後は6.3%。20年後は0.3%」とも言われています。本当に路頭に迷うリスクを負ってまでもプロ化に踏み切る大義があるのか、そこを本音で考える必要があります。

プロ化とは「善悪の問題」ではなく「選択の問題」です。アマチュアやセミプロのまま続けることが必ずしも悪いことではありません。重要なのは、何のためにプロ化するのか、という部分だと思います。周りの顔色を窺って建前でプロ化には賛成したが、3年で経営破たんしました、ではシャレになりません。

「実業団スポーツ」という、企業がスポーツを支えてくれる文化があるのは日本や韓国など一握りです。企業に依存していて生殺与奪権を握られているとはいえ、実業団という形でプレーする機会が存在するだけでも、非常に恵まれた環境にあると言えます。その意味では、実業団スポーツとしてある程度成功していたラグビーは、逆にプロ化へのハードルが高いとも言えるわけです(捨てなければならない厚遇が多い)。

「そこまで無理に頑張らなくても、俺は今のままでいいかな」と思っている関係者がいれば、プロ化して成功する可能性は下がります。不退転の決意と狂気にも似た熱狂が共有されていなければ、起業は成功しません。

「ノーサイド・ゲーム」をご覧なった方はイメージしやすいと思いますが、福利厚生費用として親会社から10億円程度のお金が拠出されるというのは本当に奇跡的なことです。仮にプロ化した場合、前述の理由から福利厚生費としての資金拠出を続けてもらうのは難しいでしょう。これを宣伝広告費として差し替えてもらうにしても、本当に10億円の広告効果があるかがシビアに評価されることになります(そして、恐らくその広告価値はないと判断され、大幅に減額される)。スポーツで起業して10億円の売り上げを立てるというのは、簡単なことではありません。

「プロ化」と言うと、Jリーグの成功が鮮烈だっただけに、それに倣って「チームを株式会社化して地域密着を行う」といったような手段にばかり注目が集まりますが(それは間違いではないですが)、成否のカギは別のところにあるのかもしれません。

例えば、Jリーグに“倣って”プロ化を進めたように見えるBリーグですが、実情(特にリーグ経営)はむしろプロ野球の経営手法(パ・リーグ)を参考にしています。また、Bリーグが立ち上がり、事業規模を拡大しているバスケ界の今があるのは、ひとえに関係者一人ひとりの覚悟と熱狂に支えられた努力の賜物ですが、その背景としてFIBAからの制裁(国際活動禁止処分)により退路を断たれたことは特筆すべきです。

自分たちが一つにまとまって力を合わせなければ、オリンピックにもアジア選手権にも出られない。これが関係者一人ひとりにプロ化(統一リーグ化)への「不退転の覚悟」を迫ることになったのだと思います。

プロ化と言っても、それぞれに成功を支えた異なる背景があります。そもそも、何のためにプロ化するのかよくよく考えた方がいいですし、プロ化するにしても、今では様々な方法が考えられます。次回は、今のスポーツ界を取り巻く経営環境の変化を踏まえた上で、どのようなプロ化が選択肢として可能なのか、ちょっとした私案を披露してみようと思います。読者の皆さんも、今自分がスポーツのプロ化を託されたら、どのようなリーグを構想するか頭の訓練だと思って考えてみて下さい。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2020年2月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。