中国による「東京五輪つぶし」に備えよ

鈴木 衛士

習近平主席の訪日延期はどちらの事情なのか

新型コロナウイルスの研究施設を視察する習近平首席(新華社より引用)

菅官房長官は5日、来月予定されていた中国の習近平国家主席の日本訪問について、日中両国が新型コロナウイルスへの対応を最優先に進めていることなどを理由に、「日程を調整する」と発表した。一方の中国も同日、趙立堅副報道局長が記者会見で「最も適当なタイミング、環境、雰囲気の下で実現し、円満な成功を収めなければならないと双方が一致した」と述べ、事実上の延期を発表した。

今後わが国が注意しなければならないのは、「日本側の事情により延期となった」と「中国政府に言わせない」ことである。

筆者は中国が、「我々は2月28日に楊潔篪中央外事活動委員会弁公室主任(外務大臣相当)が訪日して安倍総理に予定通り訪問する」と伝えていたにもかかわらず「日本国内の事情により延期を申し出てきた」と喧伝することを懸念している。

というのも、そもそも中国政府は1月下旬以降、新型コロナウイルス感染拡大の影響で訪日に向けた日中間の調整作業がほぼ中断していた上に、2月24日に3月5日開催予定であった全国人民代表大会(全人代)の延期が決定された時点で、すでに習近平主席の4月訪日は絶望的であったはずである。

にもかかわらず、前述のとおり楊潔篪主任が来日した際にも表向きには日程の再調整について一切触れなかった。これは、中国政府が、新型コロナウイルスの発生で国内が混乱している中においても、「習近平主席の政治や外交活動には影響を及ぼしていない」という対面を保つためであり、裏を返せば「習近平政権への影響は深刻で相当な危機感を抱いている」ということでもあろう。

一方、わが国は、未だに収束の兆しが見られない新型コロナウイルスの影響で、米国を始めとする各国が中国などからの入国制限を実施しているようなこの時期に、「その発生源である国家の元首を国賓として招き入れることは、国内外から批判を浴びる」ことが予想され、中国側から「わが国に端を発する感染症の影響で貴国にはご迷惑をおかけするが、習主席の訪日は延期とさせていただきたい」と申し出てくるのを待っていたのであろう。

しかし、いつまでたっても一向に中国側は「予定通り」の姿勢を崩さなかった。つまり、中国政府は、しびれを切らせて日本側から延期の要請をしてくるのを待っていたのではないか。そして、この「日本側による延期の要請」という構図は、中国が次なるステージへと外交を展開させるための布石ではなかったのだろうか。それは、中国による「東京五輪」の人質外交である。

東京・国立競技場(Prachatai/flickr)

中国は東京五輪の成功など望んでいない

中国国営の新華社通信は、楊潔篪主任が2月28日に安倍総理を表敬訪問したことを同日深夜に報じたが、この中で「(習主席の)日本国賓訪問の意義は重大だ。中国側は日本とともに密接な意思疎通を保持し、訪問のための各方面の準備を首尾よく進めていくつもりだ。中国は日本が東京オリンピックを成功裡に主催することを固く支持していく」と述べたと伝えている。

これは、「習近平主席の国賓訪問と東京五輪への協力はセットだ」と言っているのに等しい。ということは、「習近平主席の訪日が延期になれば東京五輪も延期されてしかるべき」と考えている可能性があり、「夏までに習近平主席訪日のめどが立たないような状況ならば、東京五輪も中止すべきだ」という考え方につながるものである。

すなわち、それほどまでに習主席による日本への国賓訪問は、中国の外交戦略にとって重要な位置づけにあるということであり、東京五輪の成功を盾にとっても成し遂げたい意向だということなのであろう。ここで気を付けなければならないのは、東京五輪が中止になっても良いと中国が考えている理由はほかにもあると考えられることである。それは次のようなものである。

  1. 新型コロナウイルスの影響で中国選手の大会へ向けての調整が整っておらず、予定通り夏に大会が行われても結果を出せない可能性が高い。
  2. 東京五輪の中止で最も損害を被るのは(日本を除けば)巨額の放映権料を支払っている米国のメディアであり、この対応によっては米大統領選挙にも影響を及ぼす(外交的に弱体化する)可能性がある。
  3. 2020年のオリンピックが中止された分だけ、次の2022年北京オリンピックへの国際的な期待が高まり、今回の新型コロナウイルスで失った信頼と経済的損失を取り戻すチャンスが拡がる。

東京五輪が危うい!早期の決断を促せ

もし、中国が東京五輪をつぶそうと企図すれば、直ぐに強力な味方を得ることになるだろう。それは、ロシアと韓国と北朝鮮である。ロシアについては、2月1日の拙稿「新型肺炎、東京オリンピックへの影響に備えよ」で述べたとおりであり、韓国については中国と同じように選手の調整が整っていないことや、これまでの度重なる日韓両国間の摩擦と今回わが国がとった入国制限への恨みから、すでに「日本の不幸は蜜の味」とばかりに東京五輪中止を期待しているようなありさまである。

北朝鮮も国境閉鎖状態でかなり困窮していることから、これを解除した時に支援を受けるべく、中国や韓国に同調して「今から恩を売っておこう」と考えるであろう。こうなれば、いわくつきのこのオリンピックに乗り気でない国がほかにもこれに便乗してくるかもしれない。

昨年7月の1年前セレモニーでバッハ会長と談笑する安倍首相(官邸サイト)

もはや決断の時であると思う。政府はIOCへの影響が絶大である米国政府に協力を要請するとともに、自らもIOCに働きかけて、少なくとも来月上旬ごろまでには今回の東京五輪を秋(10月)に延期することを決定してもらい、立て直しを図るべきである。これが最も傷が浅くて済むと思えるからである。

現在の状況を俯瞰するに、予定通り(7月)の開催ならば、新型コロナウイルスの影響は不可避であろう。開催まで半年以上の猶予があれば、防疫体制の再構築や出場選手らの再調整も何とか間に合うはずだ。

これ以上判断が遅れれば、2月1日の拙稿で筆者が危惧したように、IOCが延期の判断をする以前に(前述のような国家による妨害工作などにより)参加国の間に動揺が拡がり、予期せぬままに結果的には中止に追い込まれる可能性が高まると筆者は考えるものである。