「拙速は巧遅に勝る」リコーから独立したスタートアップ“ベクノス”に期待!

長井 利尚

2020年3月10日、リコーから独立したスタートアップカンパニー・Vecnos(ベクノス)が、全く新しいペン形の全天球カメラの開発を発表した。この会社は、2013年に全天球カメラを世界で初めて発売した「RICOH THETA」の開発コアメンバーが中心となって設立されたという。

ベクノスが開発中の「ペン型全天球カメラ」デモ動画より:編集部

私は以前この記事で、THETAシリーズで唯一、高級コンパクトデジタルカメラで多用される1インチセンサーを採用した「THETA Z1」について書いた。「RICOH THETA」というカメラは、リコー製品らしくない。というより、日本の古い大企業から出てきた製品とは思えない。

リコー「THETA Z1」(公式サイトより:編集部)

OSにはAndroidを採用している。カメラ単体でも使えるものの、基本的にはスマホと無線接続して使う。ファームウェアはバグがいくつもあったが、迅速に修正されている。

要素技術が進歩してきたことにより、カメラ本体の両面に魚眼レンズを1個ずつ付け、2つのレンズで撮影した画像をつなぎ合わせると、上下左右全方位の360°パノラマ写真・動画を撮れるようになった。

日本の古い企業の多くは、外部環境が激変して、新規事業開発のチャンスが巡ってきても、リスクを承知で飛び込むことをしない。機を見るに敏な「RICOH THETA」開発チームは、いち早く製品を開発し、発売した。その結果、世の中に存在しなかった全天球カメラの市場を創造した。

後に、中国Insta360や米国GoProなどのフォロワーがこの市場に参入することになる。そして、全天球カメラは、グローバルで600万台市場になったという。

そして今後も、「年率20〜30%の増加が見込める」と、Vecnosの生方秀直CEOは語る。古くさいコンセプトのカメラの売り上げは伸び悩んでいるが、このように成長を期待できる分野もあるのだ。

私が全天球カメラで特に意識して撮影している被写体は、将来、なくなってしまうものだ。今年5月に廃止される、JR北海道・札沼線の末端区間の終着駅・新十津川駅で、私が「THETA Z1」で撮影してきた4K動画をご覧いただきたい。

この動画は、全方位を撮影しているので、視聴者が見たい方向を見ることができる。視聴している端末で、実際に操作してみると、いかに画期的なカメラであるか、よくわかるだろう。

普通のカメラで撮影した映像は、構図の外にあるものは何も写っていない。撮影者が写したくないものは排除されている。しかしながら、全天球カメラで撮影する場合、撮影者は、そもそも構図を考える必要がない。上下左右全方位を撮っておけば、視聴者が見たい方向を選ぶことができるのだから。

日本の古い企業の多くは、とにかく意思決定が遅い。責任回避のための生産性ゼロの会議に時間を浪費している話もよく聞く。

今の時代は、とにかくスピードが第一だ。特に多くの日本企業にはびこるPDCAサイクルは有害だ。余計なプロセスをショートカットし、外部環境が変われば、当初の指針を改めるくらいでちょうど良い。拙速は巧遅に勝る。

今回、リコーの煩雑な社内手続きを回避するためにスピンオフという形で設立されたVecnosには、まだ市販されていないペン形の全天球カメラをいち早く世に出していただきたい。他の多くの企業の手本になっていただけることを私は期待している。