円高になるのはトイレットペーパーの買いだめと同じ心理による

有地 浩

ここのところ株価だけでなく、為替市場も荒れている。

画像はイメージです(アトリエ100/写真AC:編集部)

ダイヤモンドプリンセス号の乗客乗員に対するPCR検査が終了し、乗客の下船が始まって2日目の2月20日には、日本での新型コロナウィルスの感染拡大が懸念されたことなどから、円は1ドル112円まで売られたが、翌21日にニューヨークの株価が大きく下落して市場の空気がリスクオフになると円レートは円高に転じ、その後株価が下がるにつれて円高がどんどん進行した。

3月9日には世界中での新型コロナウィルスの感染拡大と原油価格の急落からニューヨークの株価が大きく下げ、円・ドル相場も104円台後半から一気に101円台に急騰した。その後10日にトランプ大統領が景気対策を発表すると伝えられると、4円近く円安に戻ったものの、1ドル105円前後と依然として2月半ばの円ドルレートに比べるとかなりの円高となっている。

為替の専門家などはこうした円高を日米の金利差の縮小や逃避通貨である円に資金が移動したといった理由で説明するが、私のように相場を斜に見るひねくれ者には、むりやりひねり出した理屈にしか聞こえない。

たしかに、日本の国債がマイナスの利回りとなり、国内では十分な資金の運用が出来なくなった日本の金融機関は、米国債やCLOと呼ばれる企業向け債権を束ねた高利回りの証券化商品を盛んに買っている。この資金の流れがこれまでの円安に貢献したことは間違いないだろう。しかし、この流れがFRBの利下げでそんなに急に変わるものなのだろうか。

3月3日にFRBが新型コロナウィルスの経済への悪影響に備えて緊急利下げをすると、1日で1円以上の円高が進行したのは事実だが、日本の金融機関は直ちに資金の運用先をアメリカから日本に急遽戻そうとしたのだろうか。そうではないだろう。

長い目で見るとそのような動きはあるかもしれないが、アメリカの金利が日本より高い限り、資金は日本からアメリカに向かい続けるのではないか。経済理論で言うところの内外金利差が為替レートの決定要因の一つと言うのは、すこしタイムスパンの長い話だと思う。

また、円高のもう一つの理由でよく挙げられる、円が安全通貨とか逃避通貨とかいうことだが、これも訳が分からない。

軍事的に見て日本は中国、ロシア、北朝鮮のミサイルの射程内にある。また、日本の政府債務残高のGDP比はIMFの資料によれば2019年には237.7%とギリシャの176.6%や、つい最近デフォルトに追い込まれたゴーン氏の逃亡先のレバノンの155.1%をはるかに上回っている。

新型コロナウィルスの影響にしても、サプライチェーンを大きく中国に依存し、また輸出先としてアメリカの景気に大きく左右される日本が大切な資金の逃避先に選ばれるということはあまり理性的な判断とは思えない。

日本が世界一の対外純資産保有国である一方アメリカが世界一の対外債務国だからという理由が挙げられることがあるが、日本の対外資産のかなりの部分はアメリカの国債なので、アメリカがどうかなれば日本も共倒れとなるのは必至だから、この理由も説得力に欠ける。

ひょっとしたら日本が比較的早くから新型コロナの感染者が出ていた割には、感染者数の増加が韓国やイタリアのように急激でなく、死者数も少ないことから、日本政府の危機管理能力が評価されているのかもしれないが、多分そうではないだろう。

私の考えでは、アメリカの投資家たちは、株価が2000ドル以上の大暴落をするなかで、何かしなければいけないという思いに取りつかれ、まずはアメリカ国内の株式市から債券市場に資金を移し、安全資産である金も購入するが、さらに海外に目を向けた時、2012年のユーロ崩壊危機の記憶がまだ新しく、ブレグジットや難民問題で揺れるEUよりは日本の方がましだと消去法的に選ばれるのだろう。

また、群集心理として、フォーモ(FOMO, Fear of Missing Out、取り残されてしまうことの恐れ)が働き、隣の投資家が円を買っていると、自分も買わないとバスに乗り遅れると考えてしまうのだろう。投資家たちは必ずしも理性的に行動するのではなく、むしろ恐怖や狼狽といった感情に支配されていると考えた方がよさそうだ。これは新型コロナウィルスへの感染拡大のニュースでトイレットペーパーの買占めが世界各地で起こるのと同じだ。

為替にせよ株にせよ、相場というものは、経済理論というよりは心理学の活躍すべき領域なのではなかろうか。

これからも、為替レートの乱高下は続くと思われるが、くれぐれも個人のFX投資家は相場でやけどしないように、マーケットは理屈ではなく感情で動いているということを頭に入れておいた方が良いと思う。