五輪組織委の文書保管条例を制定すべき理由

伊藤 悠

新型コロナウィルスの感染拡大によって、東京2020大会への関心は、もっぱら「やるのか」「やらないのか」はたまた「延期か」に集まってしまいました。

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そろそろ大会の残務整理の準備もすべき

しかし、大会まで約4か月となった今、大会終了後の取り組みも見据えておかなければいけません。いわゆる残務整理です。
といっても、組織委員会の場合は、職員の机を整理して、帳簿を段ボールに詰めて、精算法人に引き渡せばいいという、お手軽パックではありませんから大変です。

まず、晴海トリトンスクエアにある組織委員会には、東京都から約1000人、国や民間企業から約2000人の派遣職員が働いていますから、大企業顔負けの規模です。その上、総額1兆3500億円の大会予算の大半を、組織委員会が2、3年の短期間で支出したのち、即解散するわけですから、残務整理といっても、その膨大さは想像を越えるでしょう。

読者の中には、東京都と組織委員会の違いがイマイチわからない方もいるかもしれません。私たちがつくった条例を理解いただく上でも、2つの組織の違いを理解していただく必要がありますので、ここで簡単に。

東京都は、1兆3500億円のうち、5970億円(都民の税金)を拠出し、主に、大会のインフラ整備を行なっています。例えば、有明アリーナや、問題になった海の森競技場など、6つの新規恒久施設や仮設施設などが、これですね。

一方、組織委員会は、主にスポンサーなどからの収入を集め、大会のソフトを任されています。スポンサーとの調整、チケット販売、競技の運営、開会式の準備などです。

わかりやすく言えば、都は税金を、組織委員会は民間のお金を、それぞれ財布を分けて支出しているわけです。

税金投入の公的な組織委だが、文書保存の法的義務なし

そうすると、東京都が支出した分は、都の公文書管理条例がありますから、発注プロセスから見積もり調書まで大会関係文書は全て「公文書」になるので、保管されていますが、組織委員会は、一般公益財団法人なので、扱われた文書が「公文書」にはなりません。つまり、「私文書」なのです。えっ!オリパラで使った経費書類が私文書!?と思われ読者が多いと思いますが、法的にはそうなのです。

実際、1998年長野冬季五輪の際には、招致委員会の文書を検証しようと思ったら焼却処分されていたことがわかり、大騒ぎになりましたが、法的には問題ありません。

法的に定めがあるのは、公益財団法人が解散をした場合に、「法人法」というのがあるので、帳簿類を清算人に引き継いでくださいね、ということに過ぎません。いくらオリパラの運営を行う公益財団法人であってもです。

そうすると、後になって、疑念をもたれる契約が発覚したときに、事業者の選定過程を検証しようにも、書類がない。あるのは、予算決算書類と領収書だけということも考えられますし、清算人が引き継いだ書類の保存義務も10年だけです。

もともと民間から集めてきたお金なんだから、そこまで検証しなくてもいいだろ、という意見も時々、いただきます。しかし、このご意見には2つの問題があります。民間資金も、6000億円を超える税金の投入があってこそ開催できるオリパラに集まったお金です。

また、組織委員会の設立にあたって都は50%の1億5000万円の出資金を出していることに加えて、2000億円以上の税金を組織委員会に拠出し、執行管理させています。ですから、民間の一法人という訳にはいきません。

都議会で発言する筆者

そこで、私たち都民ファーストの会は、組織委員会の棚、職員の机、パソコンの中に眠る、膨大な文書、データ類を、適切に保存するように議会で求めてきました。

その結果、都と組織委員会は、「大会後の業務完了に向けた取り組み方針」を昨年12月に策定し、文書管理に関する方針を策定しましたので、私も、よく読みました。保管すべき文書の例示はあります。しかし、「あっ!」と思ったのは、対象とすべき文書の定義がないということです。

マラソン・競歩の札幌移転もメールで真相がわかる?

この方針のままでいくと必ず起きるのは、職員によって、解釈の余地が生まれ、「あれ、もう破棄してしまいました」という事態の続発です。定義がないのですから、仕方ありません。仮に故意だとしても、ただの、「方針違反」に過ぎないのです。

そこで、私たちは、条例制定の必要性を直感し、保存すべき文書の定義を行いました。

組織委員会の職員が職務上作成し、または取得した文書であって、組織委員会の職員が組織的に用いるものを指す。PC上でのデータなど電磁的な記録のほかに、図画、写真などを含む。

これは強烈ですね。こう規定したことにより、組織委員会の職員が持っている文書とパソコンのデータのほぼ全てが対象となります。

実はメールなども重要なのです。例えば、日本中の関心を集めた、マラソン・競歩の札幌移転。あの一件も、IOCと組織委員会の間で、相当綿密なメールなどでのやりとりがあったはずです。いずれ検証しなければいけません。

条例案のポイント

そして、私たち、都民ファーストの会は、この条例案を議員提案条例で提出することにしました。この意義は大きいと思います。

一方で、条例案の委員会審議(議員提案の場合は、答弁も議員なので、私も答弁に立ちました)のなかで、「都に条例をつくらせればいいではないか」「小池知事の取り組みが甘いから、条例を出すことになったのではないか」(自民党議員)との批判的なご質問を頂きましたので、私からは次のような答弁をしました。

すでに、都と組織委員会で、文書保管に関する方針が出ていることは、承知しています。しかし、ここには定義がありません。また、都が公益財団法人の組織委員会に対し、取り組みを徹底させようにも根拠法もありません。あるのは、法人法ですが、法人方の定める文書管理だけで、都民の信頼を得られるものではありません。そこで、直接、都民からの負託を受けている議員が、議員提案条例で根拠法をつくり、これを取り組みの後押しとすることは意義があると考えます。

結果、3月19日の文教委員会では、共同ワーキングチームをつくって、共に提案をした都議会公明党はもちろん、100分間の厳しい質問を投げ掛けられた都議会自民党も賛成にまわり、全会派一致で賛成となりました。議員提案条例も滅多にありませんが、特定の会派が出す条例案が全会一致で可決することも4半世紀以上なかったことです。

重要書類は「レガシー」になる

さて、ここまで、お金の話をしてきましたが、この条例が果たす役割は、金目の話ばかりではありません。東京2020大会のレガシーを残すことは、持続可能なオリンピックに貢献するという意味で意義のあることだと思っています。

オリパラは、回を追うごとに、開催都市にとって、負担が重たくなってきています。増える種目に合わせた、警備、オペレーション。競技場に求められるスペックアップ。ボランティアの組織化や世界発信のためのメディアセンターと映像を繋ぐケーブル整備。言い出せばキリがない上に、突然のマラソン会場の変更に、感染症対策も加わると、今後、手を挙げる開催都市は無くなるのではないかとさえ思えてきます。

一方で、東京は、多くの難題を解決するために、知恵を出してきました。例えば、競泳会場のアクアティクスセンターは、工費を短縮するために、世界でも例を見ない規模の巨大な屋根を先に吊り上げ、屋根を造ってから、内部工事を行なった結果、雨でも工事が進み、経費縮減に成功するという偉業を成し遂げました。東京の知恵は、世界からの称賛を集めています。

どうやって、経費を縮減したのか、枚挙にいとまのない重要書類を保管できれば、今後の開催都市、スポーツを愛する世界の方々に貴重なレガシーを残すことができるのではないでしょうか。

コロナウィルスを乗り越えて、東京2020大会が成功することを祈ります。その時にも、どうやって、乗り越えたのか、それこそ、記録を後世に残しておくべきです。

世界の宝にもなる重要文書の保管を義務付けた、世界初の「五輪文書保管条例」はきっと、後世に貢献してくれるものと信じております。

伊藤 悠(いとうゆう)東京都議会議員(目黒区選出)、都民ファーストの会 政調会長代理
1976年生まれ。早稲田大学卒業後、目黒区議を経て、2005年の都議選で民主党(当時)から出馬し初当選。13年都議選では3選はならずも、17年都議選では都民ファーストの会から立候補し、トップ当選で返り咲いた(3期目)。都民ファーストの会では、政調会長代理を務める。