イタリア北部ロンバルディア州は今、中国武漢発の新型コロナウイルスの最大感染地となっている。感染者が殺到する同州の病院は患者で溢れ、医療は崩壊し、重症者を収容するベッドはない。感染者がまだ少ない南部州に転送するなど、イタリア保健当局は対応に苦しんでいる。
同州でも感染者が多いベルガモ市の病院に勤務する医師がソーシャルネットワーク(SNS)を通じて緊急支援のアピールを発信し、イタリア全土ばかりか、欧州でも大きな反響を呼んだ。医師は、「患者の急増で病院では医師が使える防御服は限られ、重症患者用の人工呼吸器が不足している」と訴えた。イタリアでは医師不足を補うために、大学で勉強を終えたばかりの医学生を病院の現場に送っているほどだ。
オーストリア代表紙プレッセに新型コロナの治療のために戦うロンバルディア州の病院の風景を報じ、1枚の写真を掲載していた。病院のフロアに1人の若い医師が頭を抱えて座り込んでいる。そこに先輩の医師が声をかけている。多分、若い医師を慰めているのだろう。
フランス通信(AFP)の写真記者が撮影した写真は大きな反響を呼び、多くの欧米メディアで掲載されたほどだ。新型コロナ対策のために戦っている医師が疲労困憊で座り込んでいるとも解釈できるが、当方はそれ以上にもっと深刻なシーンではないかと考えた。
若い医師は集中治療室のベットは限られ、人工呼吸器は不足している中、どの患者を優先して治癒し、どの患者を後回しにせざるを得ないかの選択(トリアージ)を強いられてきたのではないか。すなわち、患者の生死を自分が決定しなればならない現場の重い選択に悩み、体力的にも精神的にも疲れ切ってしまったのではないだろうか。
医師になる以上、人命の救助が目標だ。その医療で多くの重病患者を救いたいと願って医学の道を歩みだした医師が多いはずだ。米TV番組「Good Doctor」を思い出す。オリジナルは韓国のドラマだが、番組では舞台を米カリフォルニア州の聖ボナベントゥラ病院に移し、そこで勤務する自閉症でサヴァン症候群で特殊能力を持つ外科研究医のショーン・マーフィー(主人公)の歩みを描いている。
病院側はマーフィーを勤務させるかどうかで議論が分かれた。病院関係者の前で「なぜ医師となったか」を問われたマーフィーは「弟とウサギが亡くなった。自分は彼らを助けたかった」と淡々と語ると、病院のお歴々の心を動かした。マーフィーは同病院で働くことができるようになった。
マーフィーは難しい話をしたのではない。人を助けたい、という医師として当然の思いを吐露しただけだ。しかし、医師の世界でも長く働いていると、名誉や地位を優先することが多くなる。マーフィーの話を聞いた医師たちは忘れかけていた医師としての原点を思い出したわけだ。
中国湖北省武漢市中心病院の眼科医、李文亮氏(33)は昨年12月の段階で通常ではないウイルスが広がってきたことを発見、地元当局に警告を発する一方、対策を訴えたが、そのアピールは無視され、新型コロナウイルスの発生の事実はその後も隠蔽された。医師はSNSなどを通じて新型肺炎を警告したため、当局から一時拘束される。
最終的には、本人も感染して2月7日、死去した。この話が世界に報じられると、李文亮氏は一躍英雄となった。その一方、中国共産党政権が新型コロナの発生を隠蔽してきたために、多くの感染者が出ることになったとして、批判の声が出てきた。
中国武漢市では多くの医師たちが患者から感染し、死去した。休むこともできず、多くの患者の治療に走り回ってきた中国の数多くの医師たち、そして今、欧州各地で発生不明の新型コロナ対策のために自身の命を危険にさらしなが救命活動に従事する医療者たち。彼らの献身的な歩みが必ず実を結ぶことを祈りたい。欧州では新型コロナ患者を治療する医師,看護師たちの労を称えるため、自宅のバルコニーから拍手を送る人々が出てきている。
世界のウイルス専門学者は新型コロナ肺炎の治療薬、ワクチン製造のために研究開発を始めている。まさに、時間との闘いだ。官民が一体となって新型コロナ治療薬製造で連携してきた。評価するにはまだ時期尚早からもしれないが、世界の指導者、政治家にも新型コロナ対策で連帯の動きが見られてきた。
3月20日の「春分の日」が過ぎた。日毎、太陽が昇る時間は早まり、日が長くなる。新型コロナとの決死の戦いを展開している世界の医師たちに、改めて拍手を送りたい。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年3月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。