安倍総理は3月28日の記者会見で、小中高校の休校については、来週中に開く専門家会議の判断次第で、春休み明けからの再開方針を見直すこともあり得ると表明した。
しかし長い春休み後の授業再開も不透明な中、懸念されるのは日本のオンライン教育の遅れである。
1カ月で新学期に間に合わせた中国
3月9日付、BUNESS INSIDERに「新型ウイルスで『教育が止まりかねない』日本。止めない中国。浮上した『オンライン教育格差』」と題する記事が掲載された。
一斉休校は、約1カ月前の中国でも起きていた。中国では1月末、日本でいう文部科学省にあたる「教育部」が新型コロナウイルスへの対応方針として、「停課不停学」というスローガンを発表。日本語にすると「(学校の)国としても、文部科学省が準備した「臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト(子供の学び応援サイト)」や、経済産業省がまとめたEdTechのサービスを紹介するWebページ「#学びを止めない未来の教室」など、教育に活用できそうな企業・公的機関のコンテンツを積極的に案内している。
教室での授業は感染リスクが高く自粛するが、自宅でのオンライン教育を推奨することで学ぶ機会は減らさないというわけだ。国は、オンラインやテレビ回線を使って無償で教育リソースを提供。各学校は、国のリソースを利用するか、既存のプラットフォームを活用して独自のオンライン授業を実施することとなった。
このスローガンの発表を機に、「中国では、最初の1週間の間に授業のオンライン化が大ブームになりました」との宋暁非さんの言葉を紹介している。宋さんは教育業界へのテクノロジー導入(EdTech)を進めているアイード代表。
3月11日付、日経ビジネス「新型コロナウイルスを契機に激変する中国の教育現場」も以下のように指摘する。
中国では危機への対応速度が本当に速い。新学期開始の延期や帰省している学生の登校禁止などの通知を受け取ったのが1月26日。1週間後の2月2日には、新学期に情報通信技術(ICT)を活用した遠隔教育を本格導入することが決まった。その後、急ピッチで準備が進められ、当初の予定通り2月24日に新学期がスタートした。
対照的に動きの鈍い日本
こうした中国の機敏な対応に比べると、日本の対応は何とももどかしい。上記 BUNESS INSIDERは政府の対応を以下のように紹介する。
文部科学省は、一斉休校に伴う教育状況について、「臨時休業期間においては、児童生徒が授業を十分受けることができないことによって、学習に著しい遅れが生じることのないよう、各設置者及び学校において、学校及び児童生徒の実態等を踏まえ、可能な限り、家庭学習を適切に課す等の必要な措置を講じるようお願いします」との通知を出している。
この中には、「家庭学習を行う際にインターネット等のICTを活用することも考えられる」とある。しかし、学校自体のICT環境が十分整備されていないことや、各家庭の通信環境に差があることなどを理由に、文科省としても上記のサービスを活用した授業や、学校の授業をWebを通じたライブ配信といったICTの活用方針を強く打ち出せていない。
文部科学省の情報教育担当者も、
「今ちょうど各学校のICT環境の整備などを進めているところだったので、あと半年後であればまだ何かやりようがあったかもしれません……」
と現状に対する歯がゆさを見せていた。
進行中の「学校のICT環境の整備」の具体策として考えられるのが、まさに新型コロナが渦中の3月に各自治体向けオンラインピッチが行われた、「児童生徒1人1台コンピュータ」の実現を見据えた「GIGAスクール構想」である。
もう一つ考えられるのが、教育の情報化に対応した権利制限規定の整備に関する2018年の著作権法改正である。
「オンライン教育後進国」日本!
二つ目の法制度の整備については、現在の日本はオンライン教育後進国である(下図)。この図に中国は含まれていないが、今回これだけ迅速に対応できるということは、諸外国並みあるいはそれ以上の権利制限が認められているものと推測される。
各国のICT活用教育における「公衆送信」に関する権利制限規定の対象となる行為の比較
日本 | 英国 | 米国 | オーストラリア | 韓国 | フランス | ドイツ | |
授業における講義映像・音声、教材等の送信 | △* | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
授業外における講義映像・音声、教材等の送信 | × | △ | × | ◇ | × | ◇ | ◇ |
他への情報共有のための教材等の送信 | × | △ | ◇ | ○ | ◇ | ◇ | ◇ |
△および◇の欄にはかっこ書きの説明が加わっているが、日本の△(*を付した)の後のかっこ内の説明だけを以下に記す。
*:(当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して送信する場合のみ可能)
出所:平成 26 年度文化庁委託事業「情報化の進展に対応した著作権法制の検討のための調査研究事業」『ICT 活用教育など情報化に対応した著作物等の利用に関する調査研究報告書』2015年3月(文化庁ホームページより)をもとに筆者作成。
一番上の「授業における講義映像・音声、教材等の送信」は各国とも認められているが、日本は「当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して送信する場合のみ可能」とされている。つまり、サブ教室などでメイン教室と同時に授業を受ける場合のみ認められているにすぎない。また、一番下の「他への情報共有のための教材等の送信」も日本だけが認められていない。
これを諸外国並みに可能にしたのが、2018年の著作権法改正。具体的には、公衆送信を広く権利制限の対象とし、複製(コピー)等すでに権利制限の対象となっている範囲は無償&許諾不要の制度を維持しつつも、今回新たに権利制限を行う公衆送信の範囲(対面授業の予習・復習用の資料をメールで送信、オンデマンド授業で講義映像や資料を送信、スタジオ型のリアルタイム配信授業など)に関しては補償金を支払えば著作権者の許諾がなくても使用できるようになった。
しかし、表の真ん中の「授業外における講義映像・音声、教材等の送信」、一番下の「他への情報共有のための教材等の送信」は認められないままで、後者については日本だけが認められていない。ICT活用教育で世界に遅れをとっている現状に変わりはない(詳細は拙著『音楽はどこへ消えたか? 2019改正著作権法で見えたJASRACと音楽教室問題』みらいパブリッシング 参照)。
なぜ改正法の施行に3年もかかるのか?
今回の改正は諸外国からの2周遅れを1周遅れぐらいに追いつこうとする改正だが、残念ながらまだ施行されていない。改正法は2018年5月25日に公布され、教育関連の改正以外は2019年1月から施行されたが、この改正については公布から3年以内の政令で定める日とされている。つまり来年の5月まで猶予期間がある。
その理由は、今回の改正で補償金の支払いを前提に許諾なしの公衆送信を認めることになったため、その補償金の額を決める必要が生じたからである。具体的には「授業目的公衆送信補償金制度」が創設され、この制度を管理する「一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会(略称:SARTRAS(サートラス)」が設立された。
この団体が権利者団体と利用者である教育機関の意見をきいて補償金の額を決め、文化庁長官の認可を受けて、はじめて補償金の額が決まる。仄聞するところによると某権利者団体の強硬姿勢でとりまとめに時間がかかっている模様。
冒頭紹介した中国のように、1カ月の準備で新学期からオンライン教育をスタートさせるようなウルトラCは期待できないにしても、この国難の時代にあと1年も待たされるのは如何なものか?
幸いハード、教育アプリ、管理ツールとネットワークを整備する「GIGAスクール構想」は具体化しつつあるので、法制度面でも一刻も早く補償金額を決めて、改正法の施行をめざすべく、関係者は「小異を捨てて大同につく」べき時ではないのか?