昨年4月、アゴラの拙稿「「ブラジルのトランプ」に騙された2500人のキューバ人医師」で述べた話だが、新たな動きがあったので以下、紹介したい。
「ブラジルのトランプ」こと、ジャイル・ボルソナロ大統領が選挙戦中に、キューバから派遣された医師がブラジル政府がキューバに支払っている報酬の3割しか受け取っておらず、残りの7割がキューバ政府の歳入にしていることに対してキューバ政府を痛烈に批判した。そしてボルソナロは、大統領就任後に、キューバ人医師が報酬の100%を受け取ることを約束したはずだった。
それを素直に受け取った多くのキューバ人医師がブラジルに残留することを決定。一方、キューバ政府はボルソナロが大統領に就任するや、直ちに彼らに帰国命令を出した。ブラジルで医師として派遣されていたおよそ1万1000人の内の8517人がキューバに帰国。一方、2500人余りの医師がブラジルに残留した。(参照:nytimes.com/es)
残留した理由はキューバに帰国してもドルにして60ドル(6500円)余りの月給しか稼げず、しかも自由がなく統制された社会の中で生活せねばならなくなるからだ。残留した医師はボルソナロの選挙公約を信じて残留することを決めたのであった。その一部はこのような事態になる前にキューバ政府によって許される期間内での滞在を守る約束で家族を呼び寄せた者もいた。
ところが、ボルソナロは大統領になると公約したことと裏腹のことが起きた。
ブラジルで医師として働くには医師の資格証明書をブラジルの関係当局が要求。キューバ政府の意向に背いて帰国せずブラジルに残留することを決めた医師がキューバから医師の証明書を取り寄せることなど当然不可能であった。
ということで、ブラジルに残留した医師は隣国のコロンビアに入国してそこから米国で医師として働ける機会を待つことに決めた者とブラジルで医療活動とはまったく関係のない仕事に就いた者と大きく二つに分かれた。
しかし、ブラジルで職場を求めようとしても、以前は医師としてブラジル社会で尊重されていた彼らをレベルの低い仕事に雇うことに躊躇する雇い主が多い。結局、多くのキューバ人医師は生活にも困るようになった。自ら避難民として生活援助を求めねばならない状況に追い込まれた者もいた。
そして、ボルソナロが大統領に就任して1年が経過して遂にキューバ人医師に「明るい」兆しが見込めるようになった。過疎地域で医師として働くのにブラジル人医師がそれを拒否。そこでブラジル政府は先ず750人近くのキューバ人医師に過疎地域で医師として働いてもらうことに決めたのである。
同様に、人口7万人の自治体エンブ・グアスといった都市では18人医師がいたのが、キューバ人医師8人がキューバに帰国してからそれが埋まらない状態が1年続いている。地理的に不便だとしてブラジル人医師がそこで働くことを拒否しているのである。このような都市でもキューバ人医師が復帰することになった。
5歳未満の子供が死亡するケースの多いブラジルでは特に過疎地域での医師の不足は深刻な問題になっている。米州保健機構の研究によると、ブラジルで2030年には5歳未満の子供が3万7000人死亡する可能性があると指摘している。
キューバ人医師が帰国してから彼らの不在は2800万人の患者に弊害をもたらすことになっているという。(参照:nytimes.com/es)
支払われる給料は凡そ2700ドル(30万円)だ。一見安いように思えるが、キューバ人医師にとってはそれほどの高給は今まで手にしたことのない給料である。(参照:elpais.com:cubaenmiami.com)
ということで、今もブラジルに残留している1800人のキューバ人医師が遂に日の出を見ることができるようになった。ただ、そのための条件として要求されているのは2018年11月13日までブラジルで医師として働いていたことだ。その日はキューバ政府がブラジルからの医師の撤退を発表した日である。
そしてもうひとつの条件として2019年8月1日までブラジルに残留していた者としている。というのは、それ以後コロンビアなどに移動した医師もまた復帰できるようにしたのである。
先ずは2年間医師として働けるとした、また医師の資格を証明するものは必要ない。キューバ人医師としての実績がそれを補っているとしたのである。
ボルソナロ大統領も当初予期しなかったのは、ブラジル人医師が贅沢になって過疎地域で医師として働くことを拒否するようになっていたということである。
ちなみに、キューバ政府の外国への医師派遣に対して支払われる報酬の7割がキューバ政府の歳入となっているということで、年間90億ユーロ(1兆800億円)に相当する外貨をキューバ政府は稼いでいるのである。(参照:carasycaretas.com.uy)