コロナ禍の中、ウディ・アレン『回想録』を読む

ウディ・アレン(flickr)と回顧録書影(Wikipedia英語版)

米国での出版取りやめ

3月初旬、ウディ・アレン監督の『回想録』が4月米国で出版予定と公表された途端、出版取りやめの報道が流れた。1992年、元パートナーの女優ミア・ファローに養女虐待を告発され、容疑不十分となったものの非難は続いており、今回は幼時の被害を主張するディラン・ファローと、ウディとミアの実子ロナン・ファロー(父はフランク・シナトラとも)の強力な反対があったためである。

各国での出版予定

米国以外で出版が具体化しているのは独仏伊西の4か国だったが、スペインを除き予約を受け付けていたため、これらを同時注文。翻訳にはお国ぶりがあって、自国読者向けに内容の省略や組み替えが行われることがあり、それを比較対照できるからである。独ハンブルクの出版社から本を出したことがある著者達が公開質問状を出し、出版に反対していた。

フランスの出版社代表は、「遵法を旨としているが虐待疑惑は払拭されている」とした。イタリアの代表者は、「私たちは物議を醸す本を出版してきており、これからも出版し続けます」と語った。スペイン語版『A proposito de nada(英語版表題の直訳)』の出版予定は、1か月遅い5月21日とされている。

ポランスキー監督のセザール賞騒動

ポランスキー(Wikipedia)

ポーランド・仏国籍のロマン・ポランスキーは、1977年に未成年者レイプ容疑に問われ、裁判中に米国から逃亡。スイスの別荘で暮らしながら、1984年には『自伝』を出版。懲りない性格で、スイスの寄宿学校生達との交流を楽しみ、そのせいで2月、ドレフュス事件を描いた『J’accuse(私は弾劾する)』で仏映画賞を受賞すると、当時から近年に至る告発の声が続発した。

アレン本の仏出版代表者は、そうしたセザール騒動の中であり「火中の栗を拾う」とされたが、コロナ禍で出版は1か月遅れの5月中旬に再設定。しかし、仏Amazonの『Soit Dit en Passant(ところで)』私の予約はいったん取り消されてしまった。

突然の米国出版

3月23日、コロナ報道に混じり、突然、同『回想録(Apropos of Nothing=「突拍子もなく」の意)』が米他社から出版されるとのニュースが流れる。翌日には日本のAmazonでもKindleでの購入可ということで、これを入手。その翌々日、同じようにしてドイツ語版『Ganz nebenbei(「ところで」の意)』も入手

イタリアも、コロナの惨状にもかかわらず電子版『A proposito di niente(英語表題の直訳)』の出版に漕ぎ着けた(日本のAmazonでは、今のところ購入できない)。ウンベルト・エーコゆかりの伊出版社代表は、「この本が今、苦しんでいるイタリアの書店に役立つことを願っています」と語った。印刷、製本、物流を伴わない電子本は、深刻な疫病下のミラノの出版社にとって最適な創造と伝達の経済(そして文化)活動ではある。それにしても、今のミラノでよく出せたと思う。紙版は、しばらく難しいだろう。

米国事情

ロナン・ファローは、元大物プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタイン(ちなみに獄中でコロナに感染)の追及記事を書き、米国の#MeToo運動創始のきっかけを与えた功労者である。

ピュリッツアー賞を受賞した彼の著作『Catch and Kill』は、「(記者を)飼い殺しにする」、「報酬と引き換えに情報を握りつぶす」意味がある。彼はアレン本の「事実確認」を求め、自著と同じ出版社から出るのは容認できないと圧力をかけた。作家スティーブン・キングは、そうした「検閲」に不快感を表明

米国古書店の頑張り

さるワシントンDCの有名古書店は、厳しい状況下でも古書好きの顧客の要望に応え、かつ、店員の雇用も守りたいと、1時間に4人だけのネット予約客を消毒剤と手袋付きで店内に入れていた。だが、これが報道されると、数日後には市長命令が出て閉店になってしまった。電子本のない古書には、こうした需要が常に存在する。

本好きとしては、新本でもKindleで十分とは思わない。少しでも早くこの疫病が終息へ向かい、これら各国本の紙版が届く日を待ち望み、どれもキャンセルしていない。

各国の批評から

「あなたの本書購入理由が、これでないとよいが(米)」、「ここでの経緯だけが、あなたの本書購入理由でないとよいのだが(独)」とアレン自身が言う。「これ」や「経緯」とは、虐待事件の事情とその後の経過を示している。この理由だけで購入したのではないが、冒頭の監督の生い立ちや旧時の名作にまつわる思い出は、遠くなってしまった。

Kindle本出版以降、早くも各国では書評が満開となっている。批評と紹介を、ほとんど事件の説明尽くしたものもある。その一方で、旧作『マンハッタン』などに登場する若い女性達も、今ではそんなに魅力的には見えないとか、「ニューヨークはもはや可能性、偶然、神経症の都市ではなく、別の、よりきれいな場所です。ウディ・アレンのニューヨークはもう存在しません」と評されると、スキャンダル以前の彼と作品は、歴史の一部なのだと痛感させられる。

アレンとポランスキー

「アレンはそもそも無罪、ポランスキーは有罪」だったはずと言われる。だが、セザール賞騒動後のフランスでは、ポランスキーの同国での数々の過去の告発は、「推定無罪と時効」尊重をと100名以上の女性弁護士が主張。米国の当初の裁判も、現在からすれば裁判官の恣意的な訴訟指揮が目立つ。

逆にアレンの虐待事件は、今なお(元)家族が2つに別れて対立していて、居心地が良くない(監護権争いでの裁判官も、同様に恣意的だったが)。世の中は、裁判がすべてではないと教えてくれる。

アラン・ダーショウィッツ教授の介入

『回想録』の中で、アレンは子供達の「監護権裁判」にダーショウィッツが関与した事情も語っている。クラウス・フォン・ビューローやマイク・タイソンなどの有名事件を扱った彼は、アレンに、高額の和解金を払えば虐待の主張は取り下げるとミアが言っていると内々に伝え、アレン側の代理人に非難された。「私はアラン・ダーショウィッツが好きだった」、「二人の評判が傷つくのを心配してくれたのだ」、「執筆に当たって、私は彼の著書『Guilt by Accusation(告発だけで有罪=少女売買春の富豪エプスタイン事件がらみで、ダーショウィッツ自身も訴えられた)』も読んだ」。

duncan c/flickr

米#MeToo運動の将来方向

米#MeToo運動は、ワインスタインの有罪判決で一定の成功を収めたとする一方で、これまでは「裁判で勝てるかどうか」に重点を置きすぎてきたという。米国の極右や堕胎反対運動を調査追及してきた記者が、同業の女性達への性的抑圧を繰り返した事例で、このような事情を彼の契約先に突きつけ、契約解除を実現した。これからの運動は、こうした法的「グレイゾーン」に向かうべきであるとする。

スウェーデン#MeToo運動の蹉跌

いち早く「同意主義」に基づくレイプ関連法改正を実現したスウェーデンは、ワインスタインの被害者に同国出身女優が含まれていたこともあって、2017年秋の#MeToo運動が最も盛り上がった国でもある。大勢の被害女性達がSNSに書き込みをしたが、昨夏の有名映画監督、暮の一流紙記者、今春の人気コメディアン事件と、同国#MeToo運動のリーダーを含む女性達が、いずれも名誉毀損の民刑事合同訴訟で敗訴。執行猶予付き罰金刑と損害賠償を命じられた。控訴もされているが、「グレイゾーン」を扱う難しさが、ここにある。

日本の刑法改正作業

4月、法務省は新たな検討会を組織して、「同意主義」に基づくレイプ関連法改正等につき検討することとした。