コロナ危機に取組む「地上の星」たち

オーストリアのアレクサンダー・ファン・デア・ベレン大統領(76)は2日夜、ニュース番組後、新型コロナウイルス(covid-19)感染拡大の危機に直面している国内状況を受け、国民に向かって語りかけた。

コロナ危機でテレビを通じて国民に語り掛けるファン・デア・ベレン大統領(オーストリア連邦大統領府公式サイトから)

大統領は、「私たち全ては、大きな挑戦に直面している。相互に助け合って乗り越えていかなければならない時だ」と呼びかける一方、「新型コロナ危機がいつまで続くかは分からないが、如何なる困難もいつかは終わりを迎える。それまで忍耐して、新しい相互助け合いの社会を造り、ウイルスに打ち勝っていこう」と訴えた。

オーストリア大統領は名誉職的な立場だが、国が難事に直面した時などは国内の政治状況から離れ、国民を啓蒙し、鼓舞するために国民に呼びかける。「緑の党」出身初の大統領で、インスブルック大学教授時代はマルクス経済学を教えてきた学者出身だ。大統領府に入ってからは不可知論者を卒業し、プロテスタント教会に再入教した。大統領になって、「緑の党」党首時代とは変わり、人格は丸くなり、穏やかになったという評判を受けている。国民の支持は高い。

旧ソ連時代の政治難民の家族出身で、ウィーン生まれのファン・デア・ベレン氏は、「新型コロナは私たちに日常生活の自由の制限と厳しい管理を要求している。社会は激変し、全ては不確実な状況だが、私たちは生活スタイルを変えながらそれに対応していく努力を払ってきた。その努力をこれからどれだけ続けなければならないか分からない。多くの国民は危機が去るのを焦るような思いで待っているだろうが、勇気と確信を持って耐えていこう」と述べている。

「コロナ危機が去るまでは、握手を止め、手をよく洗い、相手とは距離を置くなどの日常生活の対応を続けていこう。買い物ではマスクの着用など新しい生活スタイルとなってきた。全ての目的は、生命の危険がある新型コロナの感染から相手を守ることにある。これは現在、そして未来にも願われる新しい相互助け合いの社会造りだ。そのためには状況に応じて学び、柔軟性と適応性が求められる」

その上で、「私たちは危機からも学ぶことができる。私たちは考えていた以上に相互が強く、身近に繋がっている、という事実だ。コロナ危機に直接脅威を感じない人々もその生活を急激に制限している。多くの人は、営業活動を犠牲にしている。なぜならば、今それが必要だという確信があるからだ。私たちの結束力の強さがコロナウイルスのパワーを弱くさせる」と述べ、共に歩みだした国民に感謝を表明している。

最後に、「私たちは痛みの伴った非現実的で異常事態の2020年の春は『過ぎ去った』と振り返る時をいつか迎えるだう。その後、ひょっとしたら、「相互助け合いがどれだけ価値があり、重要であるかをより理解できるかもしれない」と結んだ。

大統領府のホフブルク宮殿から放送された演説は10分余りの短いものだったが、困難に直面している国民への熱い思いが込められていた。ファン・デア・ベレン氏からこのような演説を聞くことが出来たのも、変な表現だが、コロナ危機ゆえかもしれない。それほど、コロナ危機は多くの人の従来の思考、生き方を変えている。大統領といえども例外ではないはずだ。ファン・デア・ベレン氏は宗教指導者を思わせる静かな口調で国民を勇気づけた。

オーストリアでは4月3日午前8時(現地時間)現在、新型コロナ確認感染者は1万1271人、死者158人。クルツ政権はイタリアとチロル州の国境をいち早く封鎖する一方、スーパー、薬局、ドラッグストア以外は基本的には全ての営業を中止、国民には外出自粛、学校休校を実施。コロナ危機で多くの国民が失業すると、最大380億ユーロの経済支援策を発表。そして第2弾として6日から買物の際はマスク着用の義務化など次々と対策を打ち出している。

新型コロナウイルスの感染が拡大する前、私たちはグロバリゼーションを標榜し、社会の多様性を誇示さえしてきたが、武漢ウイルスはそのグロバリゼーションに乗って、短期間に感染を広げ、国家、民族、宗教を超えて世界的流行(パンデミック)となってきた。

ここにきて、新型コロナの攻勢に守勢を余儀なくされてきた社会で相互助け合いの運動が様々なレベルで生まれてきた。感染の危険が高い高齢者への食糧配達を支援、シビル・サービスの期間を延期して奉仕活動に参加する青年たち、国民の食糧供給を守るため昼夜、献身的に働くスーパーの従業員たち、自身の生命に危険を顧みず感染者の治療に当たる医療関係者がいる。

コロナ危機は私たちに忘れかけてきた人間の結束、連帯の価値を教えてくれている。ファン・デア・ベレン大統領はそれを国民に語りかけたかったのだろう。中島みゆきさんの歌を思い出す。数多くの「地上の星」が新たに生まれる時、コロナ危機はきっと克服されるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。