スポーツのプロ化構想②私ならこうするかも編

ちょっと東京オリンピックの延期問題が急展開したため、間が空いてしまいました。前のエントリーで、日本の競技団体がプロ化する際に往々にして直面する「実業団とプロの混在問題」について書きましたが、その続編です。

プロ化というと、鮮烈だったJリーグの成功に倣って「チームの株式会社化」「地域密着」「企業名排除」などが方法論として強調されることが今でも多いです。しかし、果たして1990年代に有効だった手法が30年経った今でも本当に効果的なのでしょうか?

1993年5月のJリーグ開幕戦、ヴェルディ川崎VS横浜マリノス(文科省サイトより:編集部)

当時の状況を端的に表すエピソードとして、Jリーグチェアマンだった川淵さんが、企業名をチーム名に入れられないことなどに反発していたヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ )の親会社だった読売新聞のナベツネ氏に「Jリーグに巨人は要らない」と言い放った事件がありました。これは当時は全く正しい発言で、企業保有に胡坐をかいていたプロ野球経営をアンチテーゼに「企業スポーツから脱皮し、地域に密着したJリーグの健全経営」というポジショニングを際立たせる発言だったと思います。

しかし、プロ野球界は2004年の球界再編騒動を経て、企業保有の良い所を残しながら地域密着も進め、経営規模を順調に拡大し、今や平均観客動員数でもMLBを凌ぐまでになりました。一方、Jリーグは地域密着がある意味ドグマ化し、企業の支援を十分に得られないまま成長の踊り場に直面することになりました。

この話はSBAの理事をお願いしている杉原海太さんともよくするのですが、杉原さんも日経新聞に寄稿した「Jリーグ四半世紀、企業を本気にさせ新たな段階へ」でも書いているように、日本では企業とスポーツの親和性が高く、企業の支援を得やすい土台があります。スポーツがこれを使わない手はないと思います。

念のために言っておくと、僕はJリーグを批判しようとしているのではありません。むしろ、Jリーグは経営環境や成長ステージに応じて正しい経営を、形を変えて適切に行ってきていると思います。実際、今ではJリーグはビッククラブ政策に舵を切り、かつて否定していた「Jリーグ版ジャイアンツ」を作ろうとしています。

また、コロナウイルス感染拡大によるリーグ開幕延期に伴い、「競争から共存」というメッセージを出したりしています。こうした柔軟性やスピード感あるリーグ経営はプロ野球にはない素晴らしいものです。

僕が言いたいのは、Jリーグも今ではリーグ設立時点とは違う方向性を目指していたり、Jリーグに“倣って”プロ化したと思われがちなBリーグも、実情を見るとプロ野球を参考にしていたりと、プロ化の成功モデルは単一でなく、しかも刻一刻と変化し、簡単に公式化することができない実情があまり共有されていないということです。プロ化にも、もっといくつもの形(バリエーション)があってもいいのかなと思います。

「プロ化=チームの株式会社化(事業会社化)」が暗黙の前提になっているように見えますが、株式会社化しない選択肢はないでしょうか? 特にラグビーなど、実業団スポーツとして上手く回っている競技ほど、(福利厚生モデルの共存が認められない)株式会社化への抵抗は強いでしょう。強硬な事業会社化は、有力な実業団チームの離反を招くため、悩ましいところです。

前置きが長くなりましたが、私が今日本でこんな形でプロ化を進めたら面白いんじゃないかと思う私案の概要を簡単にご紹介しますね。リーグガバナンスにおける主な骨子は以下の様な感じです。

1)事業と強化を分離して別法人化

球団の中には「儲かるチームを作る機能」(事業)と「強いチームを作る機能」(強化)の2つがあります。通常はこれが1つの法人の中に併存するのですが、まずこれを分離します。

実は、事業と強化を分けるのはそれほど珍しい話ではありません。例えば、読売ジャイアンツ(球団)は基本的にはベースボールオペレーション(強化)に特化していて、ビジネスオペレーション(事業)は親会社である読売新聞の事業部が行っています。また、新球場の建設計画を進めている北海道日本ハムファイターズも、今年1月に新球場の運営業務を担う「株式会社ファイターズスポーツ&エンターテイメント」を設立して、球団の事業機能もそちらに全部移管しています。

建設予定の日本ハムの新球場(球団ニュースリリースより編集部引用)

事業と強化を分ける理由は、次の2)を行うことにより実業団の新リーグ参加を容易にするためです。

2)分離した事業機能を統合してSingle Entityリーグを組成

各チームから分離した事業機能を統合して、Single Entity(シングル・エンティティ)のリーグを組成します。ただ、「統合」といっても、これは組織上の見え方(所属)であって、実際の事業スタッフが働く場所などを必ずしも変える必要はありません。

Single Entityとは、米国において人員やリソースが限られるプロリーグの立ち上げ期やマイナーレベルのスポーツが主に採用する組織形態で、球団をリーグの中に統合してしまう(球団はリーグの一部署という見え方)という手法です。球団オーナーは、リーグの共同投資家という立ち位置になり、全球団を共同保有する形になります。

まあ、誤解を恐れずに言えば「合法的談合」ですw。MLSやWNBA(今はSEを離脱)、今はなきWUSA(女子サッカー)などが老舗でしょうか。最近だと、2018年にできたMajor League Rugbyや今年再始動したXFLなどがSEを採用しています。

リソースをリーグに集約管理することで、限られた人員でリーグの全体最適を目指してスピーディーに意思決定していくことができるのがSEの最大の強みです。また、戦力均衡型を志向する米国型リーグ経営モデルでは、反トラスト法(日本の独禁法に相当)による訴訟リスクをどう排除するかが非常に重要になるのですが、SEにすればそもそも「異なる組織が共謀する」という構図にならないので、訴訟リスクを大きく下げられるという利点もあります。

その反面、球団間の競争意識が芽生えにくくスタッフの成長意欲が阻害されがちだったり、選手待遇が悪くなる(選手はリーグと契約を結ぶため、球団間の選手獲得競争が起こりにくい)などのデメリットもあります。実際、MLSは過去に選手から訴えられたりしてますし。

話を戻すと、チームの事業サイドにいたスタッフは、組織的には「リーグの人」になるわけです。そして、各チームに対応する事業部署(各チームの事業スタッフはそこにアサインされる)がリーグ内にチームの数だけ作られるイメージです。また、チーム内に事業機能をもたない実業団チームは、リーグには人を出しません。

リーグにリソースが集中されるので、チケット販売や協賛営業などの事業のノウハウはもちろん全て共有します。NBAが始めたTMBOのような感じです。

3)チームは強化に特化して非営利組織化

事業機能をリーグに統合することで、組織上チームには強化機能だけが残ることになります。チームは、強化に特化した非営利組織(NPO)として組織しなおし、基本的には選手育成と地域密着活動を行うことを活動の柱にします。チームに収入を拡大する責任はなく、予算内でどれだけレベルの高い選手育成ができるかが求められることになります。

チームから事業機能を分離することで、福利厚生の範囲内でしか活動できない実業団チームの参画も容易になるはずです。チーム名に地域名を入れるのはMUST、企業名を併せて入れるのは自由です。

4)リーグとチームで選手育成契約(PDC)を締結

SEとして組織されたリーグと各チームの間に選手育成契約(Player Development Contract)を結びます。これは、メジャー球団がマイナー球団と結んでいるPDCと似たイメージのものです。メジャー・マイナー間のPDCでは、メジャー球団がマイナー球団の選手人件費を負担する対価として、マイナー球団に選手育成を任せるものですが、この変形です。

PDCには、選手育成要件と収益分配要件の2つが含まれることになります。選手育成要件では、きちんと選手を育成管理して、リーグ戦に参加すること、リーグ事業の拡大に必要なプロモーションに協力することなどが求められます。

収益分配要件には、見かけ上「リーグの人」になった事業スタッフの頑張り(チケット販売、協賛営業など)に応じた収益の分配(リーグ→チーム)が規定されます。チームはこの分配費用を選手人件費に充てる形になります。実業団チームは、リーグに事業スタッフを派遣していないため、分配金はなく、選手人件費は親会社からの福利厚生費を充てる形になります。

長期的に考えると、実業団チームの場合は親会社から拠出される福利厚生費が一生続く保証はないですし、恐らく少しずつ減らされていくことが予想されます。そのため、現実的には実業団チームは少しずつリーグに派遣する事業スタッフの数を増やし、分配金を増やしていく形で自立していくイメージになるのかなと思います。

5)実業団チームの事業はリーグが担当

事業機能を持たない実業団チームのビジネスは、リーグが代行して行います。従来まで、福利厚生の範囲内ではチケット販売や協賛営業に十分なリソースを割けなかったわけですが、ここにリーグがしっかりと人員を配置して収益化を図ります。そして、そこから得られた収益は、4)の原則に乗っ取り実業団チームには分配せず、リーグの独自収益になります(この収益の使い方は要検討)。

ざっと思いつきレベルで僕の頭の中にあったものを書き散らしてみました。まだまだ概要レベルで詰めないといけないところはいくつかあると思います。

例えば、経営規模の格差をどうするか。この形でリーグを立ち上げると、初期フェーズでは実業団チームの方がプロチームより予算規模が大きくなってしまい、戦力のアンバランスなどが問題になる恐れがあります。これを解決する仕組みを考えないといけません。

仮にA~Fの6チームで新リーグを作ったとして、うちAとBの2チームは元強豪実業団チームで年間10億円が福利厚生費で供出されており、C~Fの4チームはプロチームで大きな責任企業は存在しないようなケース。この場合、新リーグ全体での売り上げが20億円しかなければ、C~Fへの分配金は平均5億円となり、選手人件費はABの半分しかありません。こういうケースです。

これは、リーグ収益を厚くアロケートしたり、球団間の収益分配を行うなどで解消を目指すことができるかもしれません。選手の移籍なども視野に入れると、ドラフトとかFAなども設計しないといけないと思いますが、ざっと大きなガバナンスモデルで言うとこんな感じですかね。考えが至ってない点も少なからずあると思いますので、いいアイデアがあったら是非教えて下さい。

今回はあくまで「実業団チームが参入しやすいプロリーグ」という、日本のやや特殊な環境を前提に思考実験してみました。もちろん、理想は一気呵成に全チームがプロ化に疑いなく突き進んでいくのがシンプルで一番良いのは間違いありません。

米国では、リーグがNPOとして組織され(リーグビジネスは関連会社を作って球団が株主になって実施)、球団が事業会社というのが一般的ですが、今回の私案はその逆のようなイメージですかね。日本だからこそ実現できる独自のリーグ経営の形というのがあると思うんですよね。皆さんも、既成概念にとらわれず、自由にリーグを設計してみて下さい。


編集部より:この記事は、在米スポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2020年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。