コロナ感染防止対策「出勤7割削減」は実現不可能と考える

山口 利昭

4月12日の各紙1面トップ記事として、新型コロナウイルス感染症対策本部(内閣総理大臣)が、緊急事態宣言の対象区域である7都府県の全事業者に「原則在宅勤務、最低でも出勤を7割削減してほしい」との要請を行ったことを報じています。また、関係各省庁から、最低7割削減について、かなり厳しめの要請もなされるようです。

私は専門家ではありませんので、この「出勤7割削減」が実行できなければ感染症を拡大させてしまうのか、それとも重篤者はそれほど増加しないのか、という点について語る資格はございません。ただ、先日も申し上げましたが(原稿執筆のために)「在宅勤務(主にテレワーク)とコンプライアンス」に関する様々な資料調査やヒアリングなどを行う中で、「これは都市封鎖でもしないかぎり、現状では無理だな」と考えております。理由は以下の4つです。

まず、事業者側で在宅勤務を「やろうと思えばできる」体制が整っていないこと。働き方改革の一環として、1年以上前から「在宅勤務制度」を推進している企業でさえ、現在は通信環境の整備や企業秘密保持(情報漏えい防止)の面において試行錯誤の状況(トライアル&エラー)です。ましてや、あまり積極的でない事業者が、後ろ向きな気持ちで取り組んで、いきなりモデル事例のような体制を整備・運用できるわけもなく「やろうと思ってもできない」のが現状かと。

ふたつめが報奨制度の存在です。東京都のように、要請を遵守する事業者には補助金(協力金)を出す、といった報奨制度がない以上、前向きに取り組むインセンティブがないと思います。たとえば金銭的報奨ではなくても、「当社は出勤7割削減を達成しながら、なんとか事業を継続しました」と公表して、これを評価されるような社会的な仕組みがあれば良いのですが、そのような仕組みは現存しません。

三つめが「同調圧力の活用」です。8時で営業を終了する飲食店が多い中で、要請に従わない飲食店が存在すれば、たしかに収益は上がるものの、同業者や地域住民の方々からは批判を受けることにもなりえます。しかし「在宅勤務によって出勤を7割削減していない」という事態は、おそらく他社(他者)からはわからないと思います。また、「こんなの業界や職種によって達成できないのはあたりまえ」と思っておられる方も多いはずであり、他社(他者)に不公平感をあまり抱かせないものと思います。

そして四つ目が(ひとつめの理由とも関連しますが)在宅勤務と出勤して勤務することとの評価の違い(おそらく偏見)です。いまだ「職能給制度」が根強い日本の企業において、「職務給制度」による人事評価の思想が根付かない。労務管理がむずかしい、「あ、うんの呼吸」によるコミュニケーションがとれないといった理由で、幹部社員だけでなく、取引先にも在宅勤務の職務内容がきちんと評価されていない傾向があるように思います。おそらく、この理由が「出勤7割削減」を不可能にする最大の理由ではないでしょうか。

ただ、そうはいっても企業コンプライアンスの視点からすれば、(内閣総理大臣による事実上の)要請とはいえ、なんとか在宅勤務制度を実施することで、要請に対して努力義務を尽くす必要はあるはずです。そこで「7割削減を実現するための指針」のようなものが公表されることを希望します。そして、ここからは全事業者、とはいえませんが、前向きな企業は「指針に基づいて、7割削減に向けた工程表」を開示する、といったことで社内・社外に「有事における在宅勤務制度」の人事評価や職務評価の姿勢を示すべきと考えます。

ある専門家の方の感染拡大の試算として、「出勤削減6割5分では感染拡大は食い止められない。7割で、はじめて数か月後に効果があらわれる」と示されていましたが、私はそもそも全事業者を対象とするかぎりは6割5分の在宅勤務すら不可能だと思います。感染防止に向けて、事業者が政府要請に協力することと同時に、社員ひとりひとりが「3蜜防止」を実践して、たとえ感染者が増えたとしても重篤者と医療崩壊だけは阻止する方策のほうが現実的ではないでしょうか。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年4月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。