オーストリアのコロナ対策から学べ

長谷川 良

オーストリアの33歳のクルツ首相は欧州の政界では「迅速に行動する政治家」として評価が高い。2015年に中東・北アフリカから100万人以上の難民がバルカン諸国を経由して欧州に北上してきた時、欧州でいち早く国境を閉鎖するなど、厳格な難民政策を実施。難民歓迎政策をとっていたドイツのメルケル首相らに大きな影響を与えた。

▲一部の規制緩和を表明するクルツ首相(2020年4月14日、オーストリア連邦首相府公式サイトから)

▲一部の規制緩和を表明するクルツ首相(2020年4月14日、オーストリア連邦首相府公式サイトから)

今年に入り、中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスが欧州に飛び火すると、クルツ政権はイタリアとチロル州の国境をいち早く封鎖する一方、スーパー、薬局、ドラッグストア以外は全ての営業を中止させ、国民には外出自粛、学校休校などを次々と実施してきた。

第2弾として今月6日からは店舗面積が400平方メートルを超えるスーパーや薬局で買物する客や公共交通機関を利用する国民にマスクの着用を義務化。マスクが入手できない場合はスカーフやショールの利用を認める。国民に外出自粛を要請し、可能な限り自宅で仕事をするよう呼びかけた。その一方、国営放送を通じて、手を洗うこと、ソーシャルコンタクトの制限、相手との距離を取るなど新型コロナ危機への国民の行動指針を繰返しアピールしてきた。TVでは注意喚起のスポットがその都度流れている。

その一方、店舗の閉鎖などで失業者が急増すると、雇用確保のために短期労働制を導入し、新型コロナ対策のため営業の閉鎖を強いられる分野を中心に380億ユーロの経済支援計画を発表し、国民とビジネス界の不安解消に乗り出した。

クルツ首相は、「今は債務が増えたとしても、国民の健康と国民経済を守ることが急務だ」と述べ、債務ゼロを誇示してきた緊縮財政を即停止した。メルケル独首相は、「オーストリアは欧州諸国の中でも常に一歩前を歩んできた」と評価しているほどだ。

そして復活祭後の14日、第3弾として店舗面積400平方メートル以下の商店の営業再開を認め、5月4日には全ての商店、ショッピングモール、理容室の営業再開を認める。レストラン、ホテルの営業再開は5月中旬以降(公的なイベントの開催は少なくとも6月下旬以降まで認めない方針)。欧州で先駆けて一部規制解除に乗り出したわけだ。

もちろん、クルツ政権が14日、一部規制緩和を実施したのには理由がある。同国の新型コロナ感染者数が抑えられる一方、回復者が増加、病院の集中治療室のベットも余裕があり、入院患者数も横ばいであり、医療崩壊の危険性はないという判断があるからだ。

同国保健省が公表した統計によると、14日午後3時現在、感染者は1万4159人、死者数384人、回復者7633人、入院患者数1002人、そのうち重症者は243人だ。アルプスの小国で人口もほぼ同じ隣国スイスでは8日現在、感染者が2万5957人、死者数は1172人と事態は深刻だ。

アンショーバー保健相は14日の記者会見で、「統計を見る限り、予想以上にいい。国民が政府の要請を忠実に実行してくれた結果だ」と説明した。店舗の一部閉鎖解除措置に対し、世界保健機関(WHO)は警戒を呼び掛けているが、クルツ首相は、「感染者が増える兆候が見られたら、即外出禁止などの措置を再開する」と述べている。

なお、クルツ政府は民間機関に委託して、不作為に選んで国民に新型コロナウイルス・テストを実施したが、同国には、感染者数は全人口の1%弱に達することが判明した。公式統計では死亡者と回復した人を除くウイルス感染者はおよそ7000人だが、実際には2万8500人前後と推測されるわけだ。欧州大陸諸国でこの種の調査は初めて。感染の実態をより明確にする狙いがある。クルツ首相は、「新型コロナとの戦いは短距離競争ではなく、マラソンだ。忍耐が必要だ」と語っている。

一部営業が再開された14日、Baumarkt(大工用具、木や花などを売る大型店)では工具やガーデン用の花や木などを買う人々で賑わった。初夏を思わせる日差しを受け、久しぶりの外出、買物を楽しむ人々の姿が夜のニュース番組で放映された。

14日からの一部規制緩和措置後も、新型コロナの感染数が抑えられれば、他の欧州でも「オーストリアに続け」ということで、規制緩和に乗り出す国が出てくるだろう。それだけに、オーストリアの新型コロナ対策第3弾の動向が注視されるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。