ロックダウン中の米国のスポーツ界で今何が起きているか?

鈴木 友也

閉鎖中のシカゴ・カブスの本拠地リグレー・フィールド(Joshua Mellin/flickr)

新型コロナウイルスの感染拡大により、米国のスポーツ界は完全にストップしてしまいました。

私が住むNY州では、3月22日から外出禁止令が出され、その前からの自主待機を含めると自宅勤務はそろそろ1か月に及びます(そんな中、ちょうど先ほどNY州が自宅待機令を5月15日まで延期する決定を発表しました)。11月の大統領選挙への影響を恐れたトランプ政権が全米に向けた自宅待機令を出さないため、規制は州政府に任せられている形になっていますが、現時点で全米50州のうち、一部中西部の州を除く42州で外出禁止令が出されており、全人口の約96%に当たる3億1600万人がが自宅待機を余儀なくされています。

こういう状況ですから、スポーツ観戦なんてすぐに再開できる状況ではないという感覚です。Seton Hall大学が実施した米国スポーツ界のコロナ対応に関する意識調査(4月9日発表)によれば、回答者の74%は年内にスポーツが再開されない可能性があると回答しており、また、72%は仮にスポーツが再開してもワクチンができるまでは安全に試合観戦できないと回答しています(今まで通り観戦を行うと答えたのは13%のみ)。

シーズン再開に向けた温度感

各スポーツ組織も何とかしてシーズン再開できないかとCDCなどからアドバイスを受けながら様々な選択肢を検討しているところなのですが、

観客を入れた通常開催 →とてもじゃないが無理(ワクチンか集団免疫ができるまで無理)

無観客での開催 →遠征に伴う感染リスクがあり当面無理

というのが業界の共通感覚で、現在唯一可能なのではないかと言われているのが、中立地に選手ら関係者を完全隔離して実施するセントラル開催案です。要は、宇宙ステーションのような完全に外界と隔絶されたエコシステムを作り、シーズン中は関係者をずっとそこに隔離していくようなイメージです。

ちょうど昨日、米コロナウイルス対策の最高責任者ファウチ博士がプロスポーツの再開に言及し、「スポーツの再開には①無観客、②選手の完全隔離(遠征の禁止)、③週次検査の実施が前提条件になる」と述べていました。

この1か月あまり、日本のクライアントに米国の状況を随時伝えたり、オンラインサロンなどを通じて日本のスポーツ業界関係者の方々と意見交換する機会がありましたが、率直に言って日米では危機感が決定的に違うなと感じています。

ただ、僕は「日本の危機意識が薄い」「日本の危機管理体制がなってない」と言いたいのではなく、感染状況が大きく異なるのでこの感覚の違いはやむを得ないと思っています。なにせ米国では既に3万3000名以上の方が亡くなってますから、死者の数が200名にも満たない日本とは感覚が違って当たり前だと思います。

ちなみに、全米の死者の約半数はNY州で(1万6000名超)、うち6割超がNY市です(1万人超)。東京23区内で約1か月の間に1万人の犠牲者が出たと想像してみて下さい。これが今の米国での感覚です。日本には米国のようにならないで欲しいと心から願っています。

ですから、例えば「米国では無観客試合も遠征での感染リスクが高くて今のところ実施は難しいという感覚です」といった話を日本のクライアントにすると、「無観客開催でもダメなんですか?」「そんなに深刻なんですか?」「チャーター便移動だと感染しないのでは?」といった反応が多いのですが、遠征すればホームチームでも試合会場までの移動があり、アウェイチームならチャーター便とはいえ、空港までの移動や、到着空港⇔ホテル⇔試合会場への移動が発生します。これらは公共スペースの利用を伴う移動にならざるを得ませんから、感染リスクをゼロにすることができません。

また、選手や関係者から一人でも感染が確認されれば、クラブハウスは濃厚接触の温床になるリスクが高く、一気に感染者が広がる恐れがあります。また、潜伏期間が長いコロナウイルスでは、過去2週間に遡って濃厚接触者を洗い出して隔離措置を取らなければならず、競技に与える影響は小さくありません。

「ゼロリスクにするのは現実的なのか?」「過剰反応ではないか?」といった意見もあるでしょうし、実際本土を攻められた経験がほとんどない米国は(真珠湾と911だけ)、こうした時に過剰反応しがちではあります。

しかし、「コロナウイルスとの戦争」が国内で勃発したという感覚の今の米国では、不用意にファンや関係者を感染リスクにさらすことは、彼らを丸腰で戦地に送り込むのと同義だと思われています。年中世界のどこかで戦争をしている米国は、自国民が戦争で亡くなることに強い拒否感を示します。社会の公共財を自認する米スポーツ界は、よもやそんなリスクは容認できないのです。

スポーツ組織経営への影響

目下試合が開催できない状況ですから、米国の多くのスポーツ組織は運転資金が時間とともに目減りしていく状態です。セントラル開催でキャッシュインが見込まれるのは、事実上巨額のテレビ放映権契約を結んでいる4大メジャーだけで(だからメジャースポーツリーグと言われるわけですが)、それ以外のスポーツ組織は仮に開催しても手間だけかかって実入りが少ないので実施には消極的でしょう。マイナーレベルの球団では、メディア収入がほとんどなく、チケット収入とスポンサー収入で球団収入の7~8割といったところが多いでしょうから、こうしたところは観客を入れて試合を行わないとどうしようもない状況です。今は体力勝負の我慢比べという状況です。

こうした中、19年ぶりに復活したXFLがチャプター11を申請して経営破綻したり、米サッカー連盟が資金難からユースアカデミーの運営をやめるなどの影響が出はじめています。大学スポーツも3月のMarch Madnessの全米トーナメントが中止になった影響でNCAAの収入が大幅に減り、カンファレンス→大学への分配金減額に伴う大学体育局の予算減からマイナー競技の廃部が相次いでいます。ロックダウンが長引き、9月のフットボールシーズンが短縮・中止にでもなれば、更に大きな影響が出るのは避けられないでしょう。

米国(NY)におけるスモールビジネス緊急支援策」でも書きましたが、米国では連邦政府がかなり早い段階からスモールビジネスに対する休業補償策を出しており、例えば従業員500名以下の中小企業なら、無条件で月額人件費の2.5倍を上限に融資を受けることができ、これが給与や家賃の支払いに充てられる限り、返済免除になります(Paycheck Protection Program。PPPは3490億ドルを上限としたスモールビジネス救済策なのですが、ちょうど今日支給額が上限に達したという報道が出てました。今議会が追加拠出を検討中)。

メジャーの球団でもさすがに従業員数が500名を超えるところはないでしょうから、機転の利く球団経営者はPPPを申請しているはずです。ということは、5月いっぱいまでは資金繰りに窮するということはあまりないはずです。

問題なのはそれ以降でしょう。特に経営基盤がぜい弱なマイナー競技では、治療薬が開発されたり感染が奇跡的に早期に終息するなどのことがない限り、従業員のレイオフや身売り、経営破綻がいつ起こってもおかしくないと思います。

マイナーリーグ(野球)はタイミング悪く今期後にMLBとのプロ野球協定(PBA)が失効するのですが、これを機にMLBは現行のマイナー球団160チーム体制から120チーム体制への組織改編を目論んでおり、渡りに船とばかりに経営不振のマイナー球団の放置プレーを決め込むかもしれません。そうなれば、マイナー球団での経営破綻が連鎖的に起こる可能性もあります。

これからのスポーツ組織経営

球団経営は特に州の公衆衛生政策の影響を大きく受けることになりますから、少なくともロックダウンが解除されるまでは何もできないもどかしい状況です。LA市が今年いっぱいのスポーツやコンサート等の大規模イベントの禁止を検討しているなどの報道もあり、大都市がこれに追随するような動きを見せると、スポーツ組織としてはさらに厳しい状況に直面することになります。

1つだけ確かなことは、経済活動再開へのタイムラインは人間が決められるものではない(ウイルスが決める)という点でしょう。これは、前述のファウチ博士がホワイトハウスのブリーフィングで良く言っていることなのですが、ウイルスは人間の都合など考えてくれず、パンデミック下でできるのはデータに基づいて科学的に現状を把握し、感染状況を踏まえて柔軟に対応策を検討する(ウイルスに合わせて人間が変わる)しかないとするものです。

ハーバード大学は2022年まで断続的にロックダウンを続ける必要があるとの予測を出していますし、スポーツ組織としては「施設への集客を前提にした試合開催」という従来までのマネタイズ手法が今後1~2年は使えないという最悪のシナリオに立って事業構造の転換を図る必要があるかもしれません。

必要は発明の母とも言いますし、試合開催ができない中で今までにない斬新な発想でのコンテンツ制作がこれからたくさん生まれてくるでしょう。あるいは、バーチャルシーズンチケットのような、VR技術を活用して無観客試合のチケットを売るような試みも出てくるでしょう。「試合観戦がスポーツの売り物である」という従来のスポーツビジネスの前提自体を疑い、もっと大胆な発想でゼロベースの商品設計が行われるようになるかもしれません。

こうした新たな取り組みについては、近い将来まとめてご紹介できたらと思いますが、こうした変化(淘汰)の嵐を乗り越えられる組織が、コロナ後のスポーツ経営の担い手になるんだと思います。経営破綻や新規参入(オーナーの変更)も起こるでしょう。ダーウィンの進化論ではないですが、環境の変化に対応できたものだけがサバイブするのでしょう。僕も変化に食らいつき、「新しい普通」(New Normal)を受け入れる準備をしたいと思います。


編集部より:この記事は、在米スポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2020年4月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。