安倍晋三首相は16日、新型コロナウイルス(covid-19)の感染拡大を防止するために「緊急事態宣言」を全国に拡大すると表明した。日本は7日、新型コロナウイルスの感染対策として「改正新型インフルエンザ等対策特別措置法」に基づき、東京など7都府県を対象に緊急事態宣言を発令したが、その後も全国的に感染が拡大する傾向が見られることから今回の決定となったという。緊急事態宣言は一応、5月6日までという。
興味深かった点は、オーストリア通信(APA)が16日、「日本政府の新型コロナ対策は遅すぎる」と批判する記事を大きく報じていたことだ。欧州の視点からみると、日本政府の対応は確かに遅すぎる。
イタリア北部ロンバルディア州での感染拡大、死者増加を目撃してきたオーストリア国民にとって、「地理的に感染地・中国に近く、多くの中国人旅行者やビジネスマンが行き来しているのに、なぜ日本政府は対応を躊躇しているのか」といった印象を払拭できない。実際、台湾などは、中国武漢市で新型コロナが発生した直後、武漢発の全飛行機便を停止する一方、医療マスクや消毒液の国内製造を増加するなど危機管理に乗り出したのとは好対照だ。
欧米諸国のメディアは、「東京五輪開催に拘って、新型コロナ対策で厳格な対応を渋った」とか、「中国の習近平国家主席の国賓訪問の実現に拘ったのではないか」といった憶測情報を流していた。オーストリア国営放送は東京五輪開催の延期が決まった後、東京で感染者が急増した点について、「安倍政権が五輪開催を実現するために厳格なロックダウン(都市封鎖)や外出禁止などの手が打てなかったが、五輪開催が延期されたので緊急事態宣言の発令となったのだろう」という論理を展開させていた。
欧州ではイタリア、スペイン、フランス、英国などで新型コロナの感染が急速に広がっている。フランスのマクロン大統領は、「第2次世界大戦後、最大の危機」として、「これは戦争だ」と強調した。すなわち、covid-19と人類との戦争だというわけだ。そして戦争である以上、政府は非常措置を発令し、国民に政府の方針に従うように要請できる。なぜなら、戦争緊急時には国防体制が必要だからという論理が展開される。
一方、日本の政治家からは、「新型コロナとの戦争だ」という発言は余り聞かない。新型コロナは伝染病であり、ある意味で自然災害という受け取り方がなされる。自然災害だから、忍耐強く、規律と冷静さが求められる。
“自然災害の大国”日本はその分野では世界一の体験国だ。国民には自然災害での振舞い方、生き方は政府が声を大にして言わなくても備わっている。日本最大のネット言論フォームの「アゴラ言論プラットフォーム」の創設者、池田信夫氏はコラムの中で、日本で新型コロナの感染者と死者数が非常に少ない理由として、「日本国民は生物学的免疫ではなく、社会的免疫があるからではないか」と指摘している。
新型コロナの感染拡大を自然災害とすれば、緊急事態宣言をする必要性は少ない。戦争ではないので、都市封鎖、外出禁止などの厳格な対応を発令することもない、といった発想が生まれてくるわけだ。隣国と常に戦争を繰返してきた欧州諸国にとって、戦争宣言は珍しくはないから、マクロン大統領は新型コロナ対策について語る際、「戦争だ」といった表現が飛び出したのだろう。
しかし、安倍首相が、「新型コロナとの戦いは戦争だ」と表現し、緊急事態宣言でもすれば大変なことが生じる。如何なる国とも戦争をしない、始めない国が戦後の日本であり、米国の安全保障の傘のもと憲法第9条によって平和が保証されているから、「戦争宣言」などすれば、それが如何なるレトリックだったとしても猛烈な批判にさらされることは間違いない。
日本は再び軍事国の道を歩みだした、といった論調が朝日新聞など左派メディアから飛び出すだろう。戦後の日本では“永久に戦争をしない”という平和憲法のもと、戦わずに自国を守り平和が維持できるといった一方的な平和教育を受けてきた。
APAは、「安倍政権は新型コロナ対策が遅すぎる」と批判していたが、その引用メディアは朝日新聞英字版とNHK英語放送であったことは偶然ではないだろう(欧米メディアが日本の政治を論評する際に、右派の産経新聞を引用することは非常に稀だ)。いずれにしても、安倍政権が緊急事態宣言をすれば、「遅すぎる」と批判するが、早すぎれば、「安倍政権は民族主義的な独裁政治云々」といった論調で批判する。朝日新聞とよく似ているわけだ。
まとめる。安倍政権の新型コロナ対策は確かに遅すぎた。戦後の平和教育とそれを支えてきた憲法9条のもとで発展してきた日本社会には「国防意識」が致命的に欠如している。その結果、戦争を想起させる「緊急事態宣言」に躊躇する日本社会のメンタリティ―が生れてきたのではないか。戦いを拒む社会で武漢発新型コロナ(中共ウイルス)は牙を研ぎ、領土を着実に広げてきているのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。