最近、国会議員の現場視察が、しばしば話題になります。
1. 国家議員たちよ!現場に出向け!
橋下徹さんが、コロナで経営が厳しくなった企業に対する雇用調整助成金などの窓口がパンク状態で、国会議員に視察を促しています。
国会議員が現場を知ることは、大いに賛成です。
支援策を作った後、実際に必要とする人に届いているかを確認して、うまく届いていなければ改善をするべきです。
そういう意味で、橋下さんのツイートの趣旨に反対はありません。
ただ、本当に今国会議員がパンクしている現場に視察に出かけたら、本当にまずいなとも思いました。
国会議員が現場に視察に来ることがどういうことなのか、多くの皆さんに知ってほしいとも思いました。
2. 視察がもたらす現場の負担
まず、事前の日程や導線の確認、会議室の確保、意見交換の人員などの内部調整など、かなり現場の人員をとられます。
言い方が悪いですが、現場にとって視察自体は仕事の邪魔です。
平時であれば、どんどん視察に行って現場の負担を減らすなり、利用者の利便性を高める方策を検討すべきです。政策通の国会議員は普段からそうしています。
そのときに、現場のリソースを割かせてしまっているという意識を忘れないようにしたいです。
3.視察する側を見る厳しい目
それと、もう一つ大事なこと。
国会議員が現場に行くと、実は結構なアウェー感があると思います。
僕が現役の官僚だった頃、休日にプライベートで福祉関係のシンポジウムを聞きに行ったことがあります。
そこには、5人くらい国会議員が来ていました。
主催者側も気をつかったのでしょう。
国会議員は会場の一番前の来賓席に座っていて、一人ひとりに挨拶の機会を作りました。
国会議員が挨拶すればするほど、ブーイングが激しくなりました。
会場の現場の人たちから見たら、イベントだからぽっと来てアピールするなよ、と思ったのかもしれません。
これは、会場にいた人たちがあまりに素直だったのかもしれませんが、露骨にブーイングなどをしなくても、似たような思いを持つ現場の方は多いように思います。熱心に活動している人ほど、視察に来た人間が本気かどうかすぐに見抜きます。
本当に真剣に解決しようとしているのか、応援してくれる人なのか、
あるいは自己アピールに利用するのか、すぐに伝わってしまいます。
そんな中で、一人だけ会場の一番後ろの方の一般席でずっとシンポジウムを聞いて、出番も求めず帰って行った国会議員がいました。
僕も「ああ、この人は本気でこういう取組を進めたい人なんだな。」と感じましたし、現場の人たちにも敬意を持たれていました。
このイベントの例以外にも、こっそり現場を見に来て、それをHPに掲載してPRするでもなく、本当に実態を知ろうとしている国会議員もいます。
そのような人は、やはり現場の人からも尊敬されているように思います。
4. いい政策を作るための現場視察
国会議員とは立場が違うし、自分の話を引き合いに出して恐縮ですが、僕には若い頃大きな悩みがありました。
法律の条文を作ったり、第一線機関(例えば労働局やハローワークなど)の業務マニュアルを作ったり、許可事業の申請書様式を作ったり提出書類を決めるような仕事をしていました。
もう、5年目くらいだったでしょうか。こういう思いにかられました。
■ 自分が作っているものが、実際に使いやすいものなのか、悪いものなのか、自信が持ちきれない。
■ 自分が書いている法律の条文が変わると、どうやって現場の人の仕事が変わるのだろう。そして、最終的に届けたい人の生活がどうやってよくなっていくんだろう。
そういうことが、大学を出て公務員試験受けて役所に入っているだけで、現場で働いた経験がなかったので、全く分からなかったのです。
その時は、とんでもなく短い期間で制度を施行しないといけない状況で、自分以外の法律改正を担当していた上司がみんな異動してしまう中で、結局よりよりマニュアルや手続をちゃんと考えることができませんでした。
役所の仕事としては、ちゃんとやってて評価されるのですが、それがすごく自分の中でイヤでした。
若い頃は、どうしても仕事に追われてしまい、毎日のように深夜から明け方に帰宅するような生活で、休日も1日は爆睡しているような日々でした。
そんな中で、自分が現場を見る機会というのが、とても少なかったのです。
僕が、当時役所から与えられた機会は、
■ 新人研修の老人ホームの現場研修、障害者施設などの見学
■ 新人研修での中で1週間、地方の町役場で自治体の業務などを見学・体験する。
■ 3年目に福祉事務所で2週間、ケースワーカーの方と同行する研修
■ 5年目に労働基準監督署に3週間、ハローワークに1週間研修
くらいでした。
業務の都合があって、僕の場合は他の同期などよりもさらに現場を見る機会が少なかったです。他の人は、労働基準監督署やハローワークで3ヶ月研修します。
上記のような「現場が分からない」中でものを作らないといけないという悩みを抱えながら制度改正の仕事が終わった後、少し仕事にも余裕が出てきて、ものを考える余裕が出てきました。
現場を見る機会が欲しかったら、
役所から与えられているのを待っていてはダメだ、自分で作らなければ、と思いました。
業務の中でも、なるべく現場に出かけて行って、実際に見たり、話を聞いたりする機会を作るようになりました。
それだけではとても足りないので、休日や業務終了後の時間を使って、個人的に福祉や就労支援などの現場に足を運ぶようになりました。
5. ひとりの人間として真剣に学びに行く
ふりかえってみると、仕事の一環で行く現場見学はどうしても限界がありました。
まず、立派なところ、ちゃんとしたところしか見れません。
どうしても立場を背負ったコミュニケーションになるので、お互い本音も話しにくい面があります。
プライベートな時間にふらっと個人的にお願いして現場に行ってみると、そういう場では、同じ社会課題を解決する仲間として立場を超えて普通に話ができるんです。
そして、霞が関での仕事が忙しくて休みが取れない時期でも、いつでもその問題にすごく詳しい現場の人に聞いたり、相談できるようになります。
あるいは、僕が机の上で「こういう政策を作ったらいいんじゃないか。」というアイディアが浮かんだら、必ず現場の人に聞くようにしていました。
そうしないと、自分の考えていることが机上の空論かもしれないので、やっぱり自信が持てなかったんです。
現場の人たちに「まさに、そういうことですよ。」と言われれば、自信を持って政策を決める関係者に説明ができますし、「もう少し、こういうことを盛り込んだ方がよいです。」などと言われれば直します。
みんな生活があるので、プライベートを犠牲にすべきとは言えないですし、僕の場合は、そういう風にプライベートを使うことが環境的に許されていたから、そういう時間が捻出できたと思います。
ただ、本気で真実を知ろうとして色んなとこに出向いて、自分の目で見て、話を聞いて、それで初めて自分が作ってる政策がどうやって世の中に影響を与えているか、やっと理解できるようになるし、政策判断もできるようになるんです。
「現場を見に行く」って、言葉で言うのは簡単だけど、そんな生やさしいものじゃないんです。
まして、自分のポジションが高ければ高いほど、本当に現場のことを知るのは難しいんです。
僕は、官僚の中ではすごく現場に出かけている方で、友達もたくさんいて、本当に色んなことを教わりました。その全てが、役所にいた頃はもちろん、今でも財産になっています。
それでも、退官してから現場の皆が僕に話してくれる内容が変わりました。
どんなに仲良くても、僕が官僚だった頃は業界の暗部とか、よその悪いとことかは聞けなかったし、厚労省や霞が関に対する本音(強い不満)も今ほど聞けなかったように思います。
厚労省の人には色んな意味で言えなかったのかもしれません。
さっき書いたシンポジウムの国会議員の挨拶の例もありますが、国の人間が現場の実態を知るってのは本当に難しいことなんです。
自分が担当している法律改正が出来上がって、市役所の現場の人たち向けにその新しい法律の説明会で講演したりすると、もう皆敵が来たくらいの目で僕を見ています。
どうせ、現場のことなんか知りもしないし、考えてもいない霞が関の官僚でしょ、永田町ばっかり見てるんでしょ、みたいな目をすごく感じます。
講演の冒頭5分くらいは、どういう思いで法律を作ったか、国会ではどういう議論があって一生懸命作ったかみたいな話を入れたり、話の端々に「現場では、こういう苦労がありますよね?」という話を盛り込んだりという工夫をします。
そのくらい、最初に「仲間なんだよ。」ということを伝えないと、なかなか制度の内容・中身を受け取ってもらえません。
まして、本当のことなんて教えてもらえません。
そのくらい、政策決定権者にとって現場はアウェーなんです。
だいたい普通に見学しているだけでも、「偉そうに視察して帰って行った」と反感を持たれることがよくあります。
当然のことながら、「私は偉い。来てやっているんだぞ。」みたいな態度は論外ですが、
■ 現場の人の貴重な時間を割いてもらっている
■ 国会議員(官僚)である限り本音は聞けないかもしれない
という気持ちを持って、一人の人間としてに真剣に学びに行く気持ち(覚悟)が必要だと思います。
クローズドな場で、もっと一緒に考えてみたいと思ってくださった方は、こちらのサークルをよろしければのぞいてみてください(↓)。
政策のプロである千正が、みんなと一緒に政策や身の回りの困りごとの解決法などを考えていくサークルです。 千正親方は、毎日20-30分くらいはここに登場します。 普段会わない色んな立場の人が、安心して話し合ったり、交流できる場所にしていきます。
編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2020年4月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。