“敵中突破”できるか?河井前法相の唯一の「逆転の一手」

郷原 信郎

河井案里氏(以下、「案里氏」)が当選した昨年7月の参院選をめぐり、案里氏及び河井克行前法相(以下、「克行氏」)の秘書らが公選法違反で逮捕・起訴された。

それに続き、広島地検特別刑事部に東京地検特捜部等からの多数の応援を含めた「検察連合軍」による、克行氏自身の公選法違反の容疑での捜査が本格化している。

家宅捜索を受け記者会見した河井夫妻(NHKニュースより編集部引用)

3月下旬頃から、克行氏自身が、広島県内の首長や地方議員らに広く現金を渡した公選法違反(買収)の容疑で、50人を超える県政界関係者に対する任意聴取や、元広島市議会議長、元広島県議会議長などの広島県政界の有力者の関係先への家宅捜索などが行われている。直近では、4月28日に、広島県議会の議員控室にも家宅捜索を行うなど、捜査の勢いは止まるところを知らない。

河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】でも述べたように、これらの現金授受は、選挙の3か月前に行われたものであり、従来の検察実務からは、買収として起訴するハードルは高い。

しかし、それは、旧来の公職選挙の実態を考慮して、買収で起訴する範囲を、選挙期間或いはその直近における「投票」又は「選挙運動」の対価として利益が供与されるものに限定してきたことによる。選挙期間直近以前のものは、政治活動としての「地盤培養行為」に関するものとして罰則の対象外としてきたのである。

つまり、起訴できないというのではなく、起訴してこなかっただけなのである。

そのため、公選法の条文(221条1号)からすれば、克行氏の容疑である県政界有力者への現金供与は、「案里氏を当選させる目的」が認められる限り、検察が「敢えて」起訴した場合には有罪となる可能性が高い。

安倍内閣が、閣議決定による違法な検事長定年延長で検察を支配下に収めようとしたことに対する検察組織内からの強烈な反発もあり、広島での検察捜査は、不退転の姿勢で行われている。従来、検察が公選法の適用に関して行ってきた「自己抑制」は、今回の事件では働く余地はないように見える。

まさに絶体絶命という状況に追い詰められている克行氏は、どうしたらよいのか。このままいけば、「河井克行」という政治家は、戦後初めて、前法務大臣として検察に逮捕された「最低最悪の政治家」という汚名を歴史に残すことになりかねない。その場合、政治生命はもちろん、社会的信頼すらも失うことになる。

克行氏にとって、この危機的局面で、どのように対応すべきなのか。危機打開の「一手」を考えてみた。

河井案里氏参議院選挙出馬の経緯

案里氏は、2001年に克行氏と結婚、2003年の広島県議会議員選挙に自民党公認で立候補し初当選し、2007年に再選。2009年、自民党を離党し、広島県知事選に亀井静香国民新党代表や一部の自民県議の支援を受けて立候補したが落選。2010年には国民新党から第22回参議院議員通常選挙広島県選挙区への出馬を打診されるなど、亀井静香氏との関係も深かった。同年12月に自民党に復党し、2011年の県議選に出馬し当選。県議会議員に復帰した後2012年3月には地域政党大阪維新の会が主催する維新政治塾に参加するなどしてきた。

一方、克行氏は、2007年、第1次安倍改造内閣で法務副大臣、2015年、安倍首相の内閣総理大臣補佐官を務めるなど、「安倍晋三総理を支える5人衆」の一人(日経2016年6月17日)とされている。案里氏と克行氏では、政治的立ち位置を若干異にするのである。

参議院広島県選挙区は、長年にわたって、定員2名を、自民党の溝手顕正氏と野党とで議席を分け合ってきた。2019年7月の選挙でも、自民党は溝手氏を公認済みだったが、同年2月に、安倍首相に近い選挙対策委員長の甘利明氏が2人目候補の擁立に動き、当初は、愛知県選挙区の参議院議員薬師寺道代氏の名前が挙がっていたが(産経2019年2月19日)、同氏は愛知2区から衆院選に立候補する予定になり、案里氏が2人目の候補として浮上、3月13日に正式に公認候補に決定したという。

昨年7月の参院選で安倍首相の応援を受ける河井案里氏(YouTubeより)

つまり、案里氏は、もともと、参議院選挙に出馬しようとしていたのではなく、溝手氏に加えて、広島地方区から2人目の候補を擁立したいとの自民党本部側の強い意向によって、急遽、立候補することになったのだ。溝手氏は、参議院幹事長も務めた参議院自民党の重鎮で、6回目の当選を果たせば、参議院議長の候補とされていた。

その溝手氏に加えて、敢えて2人目の候補を擁立したことの背景には、【前記記事】でも述べたように、安倍首相の溝手氏に対する個人的反感が働いていたとの見方もある。

克行氏らによる「多額現金買収」の目的

案里氏の擁立が、広島地方区で、野党候補を破って自民党が2つの議席を獲得することではなく、同じ自民党公認の溝手氏を落選させることの方に主目的があったことは、克行氏が、広島県内の首長や地方議員らに広く現金を渡した「現金買収」のやり方からも窺われる。

私は、30年余前、鹿児島地検名瀬支部長として、当時唯一の衆議院の「一人区」だった「奄美群島区」での保岡興治氏と徳田虎雄氏との「保徳戦争」と言われる激しい選挙戦の選挙違反の捜査・処分を担当した。事前買収・事後買収・交付罪・詐欺投票・選挙自由妨害・凶器携帯・虚偽事項公表罪など、ありとあらゆる選挙違反事件を捜査・処分したが、その中にも、地域の有力者に数十万円という多額の現金買収の事案があった。

その目的は、「対立候補からの支持の引き剥がし」であった。単なる投票依頼の買収の金額が3~5万円だったのに対して、前の選挙で他陣営の応援をしていた人に対する「寝返り料」は、20~30万円だった。積極的に応援してくれなくても、他陣営の応援をやめてくれれば、選挙結果に与える影響が大きいということだ。

溝手顕正氏(Wikipedia)

克之氏の場合、現金を供与した相手方は、元広島県議会議長・元市議会議長・自民党系の県内の首長など、それまでの参議院選挙で自民党公認の溝手氏を応援してきたと考えられる政治家だ。このような人達に多額の現金を渡す目的は、溝手氏への支持を「引き剥がすこと」だったと考えられる。

選挙の4カ月前に急遽立候補することになった案里氏が、それまで連続5回当選してきた溝手氏の支持基盤を切り崩して当選するためには、克行氏が、多数の県政界の有力者に、直接、数十万円の現金を配って回ることしか方法がなかったからであり、1億5000万円もの選挙資金を自民党本部から提供された目的が、まさに、そのようにして溝手氏への支持を切り崩して案里氏を当選させることにあったからだと考えられる。

立候補予定の妻への支持を呼び掛けて多額の現金を直接配布して回るというのは、まともな政治家としてあり得ない行為のように思われるが、それは、克行氏個人の意志によるものというより、案里氏の立候補の経緯、党本部からの多額の選挙資金の提供などから、そうせざるを得ない状況に追い込まれていたとみるべきであろう。

検察VS河井前法相の戦い、立ちはだかる「新型コロナ感染リスク」

この事件は、国政選挙である参議院議員選挙において、急遽立候補することにした河井案里氏を当選させるために巨額の資金が飛び交ったという「金まみれ選挙」が疑われ、その資金は自民党本部から提供されたもので、そこに、安倍晋三自民党総裁の意向が働いている疑いがあるという、日本の政治と選挙をめぐる極めて重大な事件である。

広島地検が入る総合法務庁舎(Wikipedia)

このような重大な選挙犯罪の捜査に、検察が総力を挙げて取り組み、事実解明しようとするのは当然のことであり、今回の事件の捜査には、明らかに、検察に「正義」がある。

しかし、一方で、今、日本は、「国難」とも言われる新型コロナ感染症で緊急事態宣言が出されている状況であり、感染防止対策に国を挙げて取り組まなくてはならない。

感染のリスクの中で、「密室」「密接」での取調べを含む検察捜査が、今後、さらに本格化することは、決して好ましいことではない。そういう面からは、できる限り検察捜査の長期化を回避することも社会の要請とも言えるが、事件の社会的・政治的重大性を考えれば有耶無耶にしてしまうことはできない。

そこで、克行氏に、今、最も求められていることは、少しでも早く、現金配布が、どのような資金によって、どのように行われたのかを国民に公開することである。

そもそも、公職選挙法が目的としている「選挙の公正」には二つの要素がある。一つは、投票や選挙運動が有権者の自発的な意思によって行われるもので、それに対して対価を支払ってはならないという「不可買収性」であり、それに関して「買収罪」が処罰の対象とされる。もう一つは、選挙運動の内容や資金の流れに関する「透明性」であり、公選法は、選挙運動費用収支報告書の作成提出を義務づけている。

選挙に関連する金銭や利益の供与によって「選挙の公正」を害されるのも、この二つの面から考えることができる。公示後の選挙期間内に投票や選挙運動に対する直接的な依頼をした場合は、「不可買収性」そのものの問題となるが、公示から離れた時期に行われた、投票や選挙運動との関係が間接的な働きかけは、主として「透明性」の問題だと言えよう。

そういう意味では、参議院選挙の公示の3か月前に、県政界の有力者に広く現金を渡して回った克行氏の行為は、公選法上「買収罪」に該当することも否定はできないが、むしろ、選挙運動やその資金の収支の「透明性」を害するということで、選挙運動収支報告書の記載の問題だと言える。

不透明な金の流れの全貌を知っている克行氏自身が、それを全面公開することが、事態を収拾するために最も効果的な方法である。

河井前法相にとっての「逆転の一手」

そこで、追い込まれた克行氏にとって、「逆転の一手」となるのが、公職選挙法に基づいて提出されている選挙運動収支報告書の記載を訂正し、県政界の有力者に現金を供与したことを含め、選挙資金の収支を全面的に明らかにすることである。収支の公開という公選法上の手続によって、同選挙をめぐる金の流れを、法的に全面開示するのである。

そして、記者会見を開くなどして、自民党本部から1億5000万円の選挙資金の提供を受けたことについて、その経緯・党本部側からの理由の説明の内容・使途など、それが現金買収の資金とどのような関係にあるのかについて、すべて包み隠すことなく説明することだ。

広島の有権者に対して、そして、国民に対して、この参議院議員選挙をめぐって起きたことを、全てつまびらかにすることだ。不透明な金の流れによって歪められた河井案里氏の参議院議員選挙について、克行氏本人が説明責任を果たすのである。

こうして、克行氏が、「選挙運動費用収支報告書の訂正」という公式の手続をとり、違法な金銭の授受の事実を含め全面的に公開することによって、「検察連合軍」が徹底した関係者の取調べや家宅捜索等の捜査で解明しようとしていた事実は、ほぼ全面的に明らかになる。検察は、そのような事実に公選法の罰則を適切に適用して刑事処分を行うことが可能となり、克行氏と案里氏に対する逮捕の必要もなくなる。収支報告書への収入・支出の不記載罪による在宅起訴での早期決着の可能性もある。

選挙をめぐる「不透明な資金の流れ」が説明されれば、安倍首相を含め、与党・政権幹部が、巨額の選挙資金の提供にどのように関わったのかも自ずと明らかになるだろう。

猪瀬東京都知事の公選法違反事件の先例

もっとも、この公選法の「選挙運動収支報告書」については、その記載義務の範囲について微妙な問題があり、従来の実務では、公選法が目的とする「収支の公開」が十分に実現されていなかった。

2013年、東京都知事選の公示直前に、猪瀬氏が医療法人徳洲会側から5000万円の現金を受領したとされた問題に関して、当時、【猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか】と題するブログ記事で、以下のように述べた。

 本来、公職選挙に関する収支を報告させ公開する目的は、公職の候補者が、これらの様々な選挙資金について、どのような個人や団体から支援を受けて選挙運動を行ったのかを有権者に公開することで、選挙の公正を確保し、当選した候補者が公職についた後に行う職務が公正に行われるようにすることにあるはずだ。

 そうであれば、このような選挙にかかる様々な資金の提供元を広範囲に選挙運動費用収支報告書に記載させ、公開することが、制度の趣旨に沿うものと言えよう。

 しかし、従来の公職選挙に関しては、実際に、選挙運動費用収支報告書の記載の対象とされてきた収入は、様々な選挙運動の資金のうち、ごく一部に過ぎなかった。

 選挙期間中、選挙運動に直接かかる費用「人件費・家屋費・通信費・交通費・印刷費・広告費・文具費・食糧費・休泊費・雑費」などが法定選挙運動費用であり、これについては、公職選挙法で、支出できる上限が定められている。選挙事務所を借りる賃借料、ポスターの作成・掲示の費用、街頭活動のためのガソリン代費用などである。

 そして従来、収支報告書の支出欄には、このような選挙運動期間の選挙運動に直接かかった費用だけが記載され、収入欄の記載も、この支出に対応する収入金額にとどめるのが通例であった。つまり、収支報告書の支出としては、選挙期間中の選挙活動に直接必要な費用を記載し、その支出にかかる資金をどのようにして捻出したかを収入欄で明らかにする、というのが一般的な選挙運動費用収支報告書の記載の実情だったのだ。

徳洲会側から受領した5000万円について、猪瀬氏は、「個人的な借入金で、短期間で返済する予定だったが、それが遅れ、徳洲会に対する捜査が開始された後に返済した。出納責任者にも知らせていないので、収支報告書に記載すべき収入ではない。」と説明していた。

それまでの「選挙運動費用収支報告書」の記載の実情からは、この事件を捜査していた東京地検特捜部にとっても、公選法違反で立件することについてのハードルは相当高いと考えられた。

しかし、この猪瀬氏の事件について捜査していた東京地検特捜部は、翌2014年3月28日、公職選挙法違反(収支報告書の不記載)で、猪瀬氏を略式起訴し、東京簡裁は同日、罰金50万円の略式命令を出した。罰金を即日納付した猪瀬氏は、記者会見で「けじめをつけたいと考え、処罰を受け入れた」「5000万円は選挙で使う可能性があり、選挙資金という側面があった。自分がそのようなことをするはずがないというおごりがあった」と謝罪した。

この事件で、検察が、それまでの選挙運動費用収支報告書記載に係る犯罪のハードルを下げて起訴し、猪瀬氏が処罰を受け入れたことは、公選法のルールによる選挙運動費用の透明性に向けての貴重な一歩だった。

しかし、この事件を機に、選挙運動費用収支報告書の記載実務が大きく変わったかというと、そうではなかった。猪瀬氏の事件を前提に、選挙運動に関する収入及び支出を、すべて収支報告書に記載し、それを、有権者に公開する方向に向かうべきだったが、実際にはそのようにはならなかった。

河井克行前法相の行動によって、公職選挙の歴史が変わる

猪瀬氏の事件の前例に照らせば、今回の案里氏の参議院議員選挙をめぐる、克行氏から県政界の有力者への現金供与についても、参議院選挙に関して供与したものなのである以上、選挙に関する支出として「選挙運動費用収支報告書」への記載義務があると解するべきだ。また、そのための資金の収入も、どこから提供されたものであるか、具体的に記載する義務がある。

克行氏が、選挙の収支について事後的ではあるが「透明性」を実現すれば、公職選挙の収支の全面公開に向けて、大きな意義を持つものとなる。

「検察連合軍」の捜査によって追い詰められた克行氏にとって、政治家として致命的なダメージを回避し、社会的信頼を維持するための唯一の方法は、選挙運動費用収支報告書の訂正によって違法な現金供与を含め事実を全面公開し、「選挙の透明性」を事後実現すること、それによって、党本部・政権とのしがらみを断ち切り、「安倍陣営」の“敵中突破”を図ることである。

その破壊力によって「ガバナンス崩壊」状態の安倍政権は音を立てて「倒壊」する。検察も、違法な検事長定年延長による安倍政権の支配と、捜査の長期化による捜査班や関係者の新型コロナ感染リスクから免れることができる。

そして、これまで、日本の政治の「宿痾」だったとも言える、選挙資金の流れの不透明性を払拭し、日本の公職選挙の在り方が大きく変わる可能性が出てくる。

前法相として政治的・社会的責任を果たし、公職選挙の透明化に貢献できれば、その「功績」は、公選法違反で処罰される「汚名」より大きく評価されることになろう。

果たして、克行氏に、“敵中突破”ができるだろうか。