北朝鮮の朝鮮中央放送は2日、金正恩朝鮮労働党委員長がメーデーの1日、同国中部・平安南道順川市にある肥料工場の完工式に出席したと報じた。金正恩氏が4月11日、平壌で開催された労働党政治局会議に出席して以来、公式の場から姿を消していたこともあって、いつものことだが、「死亡説」、「重体説」が流れた。20日ぶりに姿を現したことで、同氏が少なくとも生きていること、それも式典に参加でき、自力で歩ける体力があることを明らかにした。このような場合、普通だったら朗報と祝うべきかもしれないが、残念ながらそれはできない。
「死亡説」をいち早く流したメディアは「金正恩氏の健在が明らかになった」と、今度は180度異なる判断を下して報じていたが、死亡していないことを証明しただけで、「健在」とまでは現時点ではいえない。
当方はこのコラム欄で「愛煙家の金正恩氏はやはり危ない!」(2020年4月22日参考)を書き、ヘビースモーカーの金正恩氏は新型コロナの感染危険度が高いと述べるのに留めた。後継者問題については、「実妹・金与正党中央委員会第1副部長がヒロポン中毒だ。メタンフェタミン類の覚せい剤のヒロポン中毒にかかっているのではないか」という情報を付け足しただけだ。それ以上の金王朝の内部情報は当方にはない。
金正恩氏の健康問題で今回、目を引いたのは、4月15日に行われた総選挙に最大野党「未来統合党」の比例政党「未来韓国党」から出馬し当選した脱北者の池成浩(チ・ソンホ)氏が1日、「金委員長の死亡を99%確信している」と語ったという記事だ。
池成浩氏は朝鮮中央テレビのニュースをどのように受け取っているだろうか。同氏を揶揄する気持ちはさらさらない。ただ、北情勢で「99%確実」なニュースがあるだろうか、と考えたのだ。
もう10年以上前だと思うが、ウイーンの国連工業開発機関(UNIDO)に出向していた北外交官が語った言葉を思い出す。曰く「君、日韓メディアが書く北情報の90%は間違っているよ」というのだ。当方は当時、故金正男氏の遠縁にあたる同外交官に日韓メディアで報道するニュースで合点がいかない場合、その真偽を訊ねてきた。朝日新聞は、金正恩氏が権力を掌握する直前、父親金正日総書記と共に訪中し、胡錦濤※国家主席と会談したというニュースを報じたことがあった。その時、同外交官は笑い出しながら「情報源は記者からきっと金をもらったのだろう」といった。
北外交官の「日韓メディアの北情報は90%間違いだ」という発言を思い出すと、池成浩氏の「金正恩の死亡は99%確実」と豪語した話はとても信じられないのだ。同氏は脱北者であり、当然北の内部事情について普通の人より詳しいはずだ。その池氏が金正恩死亡情報を「99%確実」と言い切ったわけだ。当方はそのニュースを読んだ時、正直言って「大丈夫だろうか」と心配になった。
翌日の2日、朝鮮中央放送は「99%死んでいた」はずの金正恩氏が現地視察している姿を報じた。イエスが十字架で亡くなって復活するまで3日間の時間を要した。「99%確実」に死んだはずの金正恩氏は、池氏の発言から1日も経たないうちに復活して肥料工場の完成式に参加したのだろうか。残念ながらとても信じられない話だ。
もちろん、金正恩氏は死に、1日式典に現れた金正恩氏はドッペルゲンガーだ、といういつもの憶測情報は既に流れている。全ては北側のパフォーマンスで、金正恩氏は亡くなっており、後継者が公式の場で顔を見せるために準備中、ということも十分考えられる。池成浩氏の逆転大ホームランのチャンスが皆無とはいえない。ただ、北情報で「99%確実」な話、情報はないのだ。
※筆者より訂正(4日18:00):当初「習近平」と書いていましたが、「胡錦濤」の間違いでした。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。