SNS上で検察庁法改正法案に反対するツイートがかなり広がっており、話題です。
このほとんどは、政府が今年1月、これまでの法解釈を変更して東京高等検察庁の黒川検事長の定年を延長したことに端を発しているように見受けられます。
この法案は正式には、
「国家公務員法等の一部を改正する法律案」
といいます。高齢者の活躍のために国家公務員の定年を引き上げるためのものです。
国家公務員にも色んな仕事をしている人がいるので国家公務員法に定年のルールが定められている仕事もあれば、検察官のように検察庁法という特別な法律に定められるものもあります。色々な国家公務員の定年延長をできるように、関係する法律をまとめて改正するものです。検察庁法の改正はその一部です。
少子高齢化や人口減少、長寿化などを考えた時に、国家公務員も年齢で区切らずに長く働けるようにすること自体はおかしいものではないと思います。
しかし、このまま国家公務員の定年を延長すると、霞が関が崩壊してしまうだろうと思います。
1.24時間対応が前提となっている異常な働き方
霞が関は、国会答弁作成、質問主意書、議員レク対応(議員からの説明要求に官僚が対応するもの)、議員からの資料要求、制度の立案、予算の作成など、昭和の時代から受け継がれている非効率なやり方がたくさん残っています。
40代以上の方は、昔、「24時間戦えますか?」という栄養ドリンクのキャッチコピーがあったことを覚えておられるのではないでしょうか。
昭和の時代は、役所も民間も特に男性を中心に、仕事や仕事に関係する接待・付き合いなども含めて24時間、土日も働くのが当たり前の前提になっていたが、霞が関の働き方は今でも職員が24時間、土日も働くという前提の上に成り立っています。
今でも、国会質問の事前通告は、2日前の正午という与野党の申し合わせがあるのに全く有名無実化しており、前日の夕方から夜にかけてなされるのが通常です。
自分の部署に翌朝までの答弁作成作業が発生する可能性があるので、質問が見えないと全部署が待機を強いられますし、実際に質問が当たれば深夜・明け方までに緊急で答弁を作成しなければなりません。
質問主意書という国会議員が文書で政府に質問をする制度がありますが、国会法の規定によって7日間で閣議決定しなければならないため、質問主意書を受けると、ほぼその日中に答弁の原案を作成しないと間に合わないようなスケジュールになっており、また政府内の昔から続く煩雑な手続も職員に労働時間延長の負担を強いています。
また、予算の折衝も夜中の3時からやったりすることもありますし、政府内の上層部からの指示も徹夜しないと処理できないようなスケジュール間でなされます。
細かいことでいうと、ペーパーレス化が進まず、未だに若手は大量にコピーをとって、自転車であちこちに資料を届けるために残業を強いられています。
民間は、昭和の時代から随分変わって、労働時間管理も相当厳しくなっていますし、効率的な業務のやり方やIT化も進んできています。霞が関に長くいる幹部たちは気づかない人が多いのですが、業種にもよりますが若手官僚の同級生が働いているような企業ではほとんど残業をしないというところも結構あります。サービス残業もかなり厳しく管理されるようになっています。
僕が若手だった20年近く前は民間企業に就職した同級生もみんな長時間労働だったし、サービス残業・土日出勤も当たり前だったので、自分たちだけが極端に長時間労働でサービス残業が多い異常な働き方と思ってはいなかったのですが、今は違います。
国会改革や政府内の作業のやり方を今の世の中のスタンダードに合わせる必要があります。
国会対応は、行政監視機能や充実した審議をいかに確保しながら効率的に進めるか、審議日程の決め方の問題や質問主意書のルールなどを含めて抜本的な見直しが必要です。
政府内の作業は、トップダウンで民間と同様の今の時代に合ったやり方に変えないといけません。
2.昭和の異常な働き方ができる職員の減少
永田町・霞が関の仕事の進め方は、官僚が24時間、土日もなく働くのが前提となっていますが、実は職員の事情が昭和とは随分変わってきて24時間、土日もなく働ける職員が減ってきています。
① 女性活躍
「女性活躍」をうたい文句に、国家公務員の採用は3割以上女性とする方針を打ち出してから既に10年近く経ちます。一番仕事量が多くなる20代後半から30代の頃に、産休・育休を取るのが当たり前になっていますし、復帰後も子どもが大きくなるまでは、残業なしの勤務体系に変更したりせざるを得ません。
このような、子育て中の職員(ほとんどの場合は女性ですが最近は男性でも育休を取得したり残業なしの勤務をとる職員が増えてきています)や家族の介護、自身の健康問題など、様々な事情を抱える職員の割合がかなり増えていて、霞が関でスタンダードになっている24時間、土日対応可能な職員の割合がかなり減ってきています。
この結果、全職員の中から家庭や健康などの事情がない24時間、土日対応可能な職員だけで、国会対応や制度改正、重要かつ緊急性の高い政策検討などを行う部署に配置せざるを得ません。
僕は女性活躍は大いに進めるべきと思っていますが、働き方の方が昭和の男性中心型から変わっていないことが大きな問題です。
育休から復帰して、保育園の迎えのために残業なしのフルタイム勤務をしている女性職員は、深夜対応が必須となる国会対応のない比較的落ち着いたポストにつきますが、「私はフルタイムで一生懸命働いているけど、スタンダードが夜中まで死ぬほど働く職場だから、やはり負い目があるし半人前感を感じてしまう。」という切実な声を聞きます。
② 若手の離職の加速
このような事情から、家庭や健康などの事情がない若手は、通常なら睡眠時間や休息に与える時間も含めて、生活の全てを仕事に捧げるような異常な生活を強いられます。
そして、先ほど述べたように、民間にホワイトな働き先が増えましたので、どうしても格差を感じてしまいますし、転職をするという選択肢があります。
実際に、若手の離職もかなり加速していますが、霞が関の仕事自体が忙しくなってことや世の中が変わってきて若い人の意識も自然と変わっていることに加えて、24時間、土日対応可能な職員に次々と業務が集中してしまうという構図も背景にあります。昔は、忙しいときは忙しかったけど、一息つく時期があったり、忙しい部署でがんばったら落ち着いたポストに異動してバランスを取ったりということができましたが、これが難しくなっています。
3. 定年延長によって組織のマンパワーが劇的に不足する
2.で述べたように、既に24時間、土日対応可能な職員の割合が減っているのですが、今回の定年延長はこれにトドメを刺すことになるでしょう。
改正法案で導入されるのはいわゆる役職定年と定年延長です。
平たく言うと、60歳超えると幹部にはならずに給料が7割に減るということです。
つまり、幹部ではなくスタッフになるわけですが、さすがに60歳超えた人に、24時間、土日対応は難しいと思いますし、させるべきでもありません。時間ではなく、知識や経験を活かすような形で働いてもらうしかないでしょう。
また、国家公務員は定員が法令で決められていて全体の人数は変わらないので、定年延長される人の分、60歳以下の職員の人数が減ることになります。
結果として起こることは、24時間、土日対応可能な職員の割合がますます減っていくということです。
4. 若手の大量離職による霞が関崩壊の危機
24時間、土日対応可能な職員にますます負担が集中していきます。
つまり、主に20代、30代で家庭の事情や健康の事情のない若手に負担が集中していきます。
このことは、間違いなく既に起こっている霞が関の若手の人財流出の流れを加速させます。
そうなった時に、率直に言うと今のコロナでも起こっていますが、政治家や幹部が何を指示しても、うまく仕事動いていかないということが、起こります。
国民のニーズに答えられなくなります。今でも、満足していない方も多いかもしれませんが、妙案が出せないだけでなく、やらないといけないことも処理が進まなくなったりミスだらけになるでしょう。
そうなると、国民の生活にとって大きなマイナスです。
5. 国家公務員の定年延長とセットで実現すべきこと
■ 国会改革、政府内の業務の抜本的見直しによる無駄な仕事と深夜労働の大幅な削減
24時間、土日対応できる職員でないと、国会対応などのある重要政策を担当する部署に配置できない状況を変えて、残業なしでもフルスペック人材として活用できる状態にすべきです。
■ 年功序列の昇進制度の大胆な見直し
今の働き方を前提とすると、昇進が遅れて24時間、土日対応する期間がどんどん長くなります。
例えば、深夜労働、土日対応の一番の原因となる国会答弁作成の作業を行うのは課長補佐以下ですが、いわゆるキャリア組でいうと、200年前は37、38歳くらいで卒業だったのが、今は40過ぎくらいで卒業です。仮に、45歳で卒業となったら、さすがに体が持ちません。
若手・中堅のモチベーションも大きく下がるでしょう。
■ サービス残業の廃止
常態化した超長時間労働を是正するためにも、サービス残業はいい加減廃止すべきです。
正直に言うと若い頃、僕はあまり自分のサービス残業のことを気にしていませんでした。民間企業に就職した同級生たちもみんなサービス残業していたからです。でも、今は政府も労基署も厳しくなり、サービス残業はいけないという意識は相当浸透してきています。
国家公務員の給料を上げろというつもりはありませんが、月200時間残業して数万円の残業代みたいなケースはさすがにひどいと思います。
もちろん、残業の要否はきっちり管理して、各部署がどのくらい残業させているのか公表して説明責任を果たしたらよいと思います。
■ 定員制度の柔軟化、外注予算の確保
企業であれば、業務量の多い部署に人員を集めたり、社員だけでできない又は外部に任せた方が効率的であれば外注も柔軟に行います。
労働導入量と成果のバランスをとるためには当然です。
霞が関では、部署ごとに定員が決まっていますし、外注も予算の確保のハードルが前例主義がベースになるので、今まで無理矢理職員がやっていたことを外注するのは容易ではありません。企業が一般にやっている程度の外注費は認めるべきでしょう。
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編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2020年5月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。