目下の熾烈な米中の対立は、今回の新型コロナ肺炎パンデミックで拍車が掛かったためつい忘れがちだが、米国が巨額の対中貿易赤字を是正すべく、2018年の初め頃に中国産品に高率な輸入関税を掛け始めたあたりからすでに始まっていることを思い出す必要がある。
そういう形で表に現れた米中対立の根底にある米国の対中懸念が、実は14年に習近平が提唱した広域経済圏構想「一帯一路」と、15年に公表した「中国製造2025」という二つの国家戦略、すなわち米国に挑戦する中国の覇権主義への脅威にあることも忘れてはなるまい。
世界覇権を目論むこれらの戦略が、自由と民主主義と法の支配に基づく国家によって唱えられるなら国際社会は異論を挟めない。が、言論の自由もなく人権を蹂躙し、法の無視や情報隠蔽が日常化した共産党一党独裁国家によって推進されるなら、それは許されないことだ。
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16日のロイターは、15日に米商務省が中国のファーウェイへの半導体輸出規制を強化(禁輸対象指定済の同社が米国の技術やソフトを利用した半導体を間接的に取得できないようにする)したことを報じた。これに対して中国も即座に反応した。
中国共産党系メディアの環球時報が、政府に近い筋の話(a source close to the Chinese government)として、中国政府が、アップル、シスコ、クアルコム、ボーイングを含む米国企業を「信頼できない企業リスト」に加える用意がある、と報じたのだ。
人民日報や新華社は勿論のこと、環球時報や中国日報なども、一党独裁国家のお抱えメディアと世界中が知っているのに、「政府に近い筋」などというのは噴飯だが、それは措き、記事にはこうある。(引用は拙訳)
その対抗措置には、関連する米企業を中国の「信頼できない企業リスト」に追加すること、サイバーセキュリティレビュー対策や独禁法などの中国法に従って、クアルコム、シスコ、アップルなどの米企業に制限を課したり調査を開始したり、ボーイング機の購入を棚上げしたりすることが含まれる。
記事はアナリストの口から、「これらの米企業が製造した半導体を中国に販売できない場合、投資回収が非常に困難になる」とか、「ボーイングが中国から失注文した場合、破産の危機に瀕している同社は米政府に助けを求めるしかない。中国は米企業から年300億元の100機以上を注文できる」などといわせている。
同種の“経済的脅迫”は豪州に対しても行われた。ブルームバーグによれば、中国は12日、豪州の対中牛肉輸出の35%を占める4ヵ所の食肉処理場からの輸入を停止した。「中国消費者の健康と安全を守るため」とするが、豪州産大麦に高関税を課す可能性も浮上しており、世界中の誰もそうは受け取らない。
このあたり、拙稿「話の肖像画 陳水扁」で触れた、奇美実業の江蘇省子会社の台湾人幹部逮捕をネタに台湾独立派のオーナー許文龍氏を脅迫し、「一国二制度」を容認するとの文書を読ませた事件を彷彿する、中国らしい唾棄すべきやり口だ。何と現代文明とかけ離れた国家だろうか。
当時の許氏と同様、豪州は今、中国によるコロナ隠蔽に厳しい姿勢をとっている。4日のロシア紙スプートニクが「中国が新型コロナに関する情報を意図的に隠蔽したことを、米英加豪ニュージーランドの諜報協定(UKUSA協定)報告書を基に豪デイリー・テレグラフ紙が報じている」と報じていた。
その2日のデイリー・テレグラフ記事は2万字もの長文だ。例えば「中国の初期サンプルの隠蔽」なる項では、UKUSA(いわゆるファイブアイズ)報告書が次のことを指摘している、とある。
ウイルスのサンプルがゲノム研究所で破壊されたこと、野生動物市場の売り場がブリーチされたこと、ゲノム配列が公に共有されていないこと、上海ラボが「調整」のため閉鎖されていること、科学技術省による事前審査の対象となる学術論文と無症候の「サイレントキャリア」に関するデータが秘密にされていること。
記事は、これらにより中国政府が、米国などが繰り返し要求している、ワクチン開発に取り組む世界中の学者への生きたウイルスのサンプル提供を拒否し、ウイルス発生源を調査するための情報も意図的に隠蔽した様子を同報告書が描いているとする(初期隠滅の日付の項は4月12日の拙稿と同内容)。
このデイリー・テレグラフに負けず劣らず、中国にとって「痛い」はずの話がある。それは3日のAP記事にある報告書で、1日にDHS(米国国土安全保障省)が発行した「極秘扱いでないが“幹部のみ”と記された4頁の分析報告」。そこにはこうある。
(報告書には)中国が、コロナウイルスの重大さを軽視する(downplay)一方で、医療物資(medical supplies)の輸入を増やし、輸出を減らしたとし、それは、そうすることによって「輸出規制があったことを否定し、その貿易データの提供をややこしくして遅らせたことを隠蔽」しようとした、とある。
報告書はまた、中国が、海外から医療物資を注文できるように、「伝染病」であったこととマスクと手術用ガウンと手袋の輸入が急増したことを通知することを、WHOに報告するのを1月の大半延ばした、ともしている。
報告書によると、これらの結論は、中国の輸入と輸出の行動の変化が通常の範囲内になかったという95%の確率に基づいている。
トランプもポンペオも、またマクロンもメルケルも、新型コロナウイルスの発生源や初期の隠蔽に関して、中国を極めて怪しいとする。国際社会も概ねそう思っているだろう。だが、それらは疑いや状況証拠の域を出ず、中国の反論に対し有効な物的証拠が(隠滅されて)提示できていない。
しかし、「中国の輸入と輸出の行動の変化が通常の範囲内になかったという95%の確率に基づく」医療物資の動向なら、関税統計や物流データから中国経済を推定するよりも確度が高かろう。中国政府は1月初め頃からといわれるこの極めて不審な輸出入の動きについて明確に説明せよ。
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そこで「中国製造2025」に戻る。遠藤誉氏の「『中国製造2025』の衝撃」(PHP)によれば、その国家戦略の骨子は、「2025年までにハイテク製品のキーパーツ(主に半導体)の70%を中国製にして自給自足する」ことにあり、同時に「有人宇宙飛行や月面探査」などを完成に近づけるとある。
冒頭のロイター記事は、TSMC(台湾積体)による120億ドルのアリゾナ半導体工場建設に触れているが、環球時報も「米国がルール変更し、TSMCを含む半導体の重要サプライヤーからファーウェイを除外するなら「中国は、独自の正当な権利を保護するために強力な対抗措置を講じるだろう」とした。
だが良く考えれば、2025年までに自給自足する中国で、悠長に半導体事業を続ける外国企業などあるはずないではないか。四つ足ならテーブルや椅子まで、飛んでいるものなら蝙蝠どころか飛行機まで食らうといわれる中国のこと、「自給自足が半導体に限られる」などと考えるなら愚の骨頂だ。
幸か不幸か此度のコロナ禍で、何から何まで中国に依存することのリスクに国際社会は気が付いた。トランプは就任以来ずっとそれを主張し、鴻海やTSMCの誘致に漕ぎつけた。のみならず、サイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁(CISA)や宇宙軍も創設した。
ファイブアイズに加えて欧州諸国もこのコロナ禍で中国共産党の本質が身に染みて判ったのではないか。「中国共産党は今日、世界で最も不安定な勢力であり、それは世界の平和、繁栄、安全に対する本当の脅威」とFOX Newsが書かずとも、何とかならぬか、と国際社会は感じているだろう。
国産化と脱中国に軸を置くサプライチェーン再構築は、衣類や日用品などは比較的短期に、工業製品もある程度時間を掛ければ可能だろうし、国防に必須な農産物も時間は掛かるが重要だ。
国防といえば南シナ海や台湾海峡は米国に任せるとしても、尖閣防衛には、まずは自衛隊が出張らねばならない。
余談だが、少し前に横須賀で別々に立ち話をした防大生3人は、いずれもサイバー関係を学んでいる学生だった。時代を感じつつ、頼もしいとも思った次第。
さて、日本もこの傷んだ経済状況が即座に元に戻るとは思われない。ならばコロナ禍を奇貨として、国内で作れるものは国産化することを考えるべきだ。自粛で仕事を失った方々の職場を、客待ちのサービス業などだけに求めるのではなく、政府には地道な国産化に向けた施策も立ててもらいたい。
これら経済面での国防に加えて、9条改正を含めた防衛力強化が今ほど求められる時はない。政府にはこちらもしっかりと対応して欲しい。