オーストリア、無神論主義者の「宗教団体」登録申請

世の中には様々なサプライズがあるが、今回紹介する話は当方にとっては最近ではヒット10に入るだろう。オーストリア無神論者協会(ARG)は宗教団体として文化局に登録申請済みだが、ARGが信奉する無神論者としての“宗教的実践”の内容を18日、明らかにした。これは文化局から登録申請の際に受けた補足質問に答える形で発表した内容だ。

▲夜の闇に浮かぶ教会の塔(2018年7月27日、ウィーンで撮影)

▲夜の闇に浮かぶ教会の塔(2018年7月27日、ウィーンで撮影)

無神論者の“宗教的実践”とは何を意味するのか甚だ不明だが、彼らは昨年12月30日、連邦首相府内文化局に宗教的コミュニティとして国家的認知を求めて登録を申請している。新型コロナウイルスの感染で社会が憂鬱になっているのを受け、面白い話を提供するといったメディア受けを狙ったパフォーマンスではない。真剣に考えたうえでのステップというのだ。

文化局ではARGの登録申請を受け、調査を開始してきた。ARGは「われわれが提出した登録申請は宗教と非宗教間の法的区切りに関わるとても特殊な状況下に置かれている」と説明、「登録申請はわれわれ(無神論者)にとって非常に感情を揺さぶる一歩だ。われわれは文化局の如何なる質問にも真剣に答えていく準備をしている」と述べている。

ARGは登録申請が通常ではないことを自覚している。ARGは「世界的に開かれ、一定の世界観に基づいた宗教的団体への認知、例えば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教と同じ、明確な世界観、人生観を有する宗教団体として国家の認知を求めている」というのだ。

文化局は補足質問では、ARGが言う「集まり」とは何を意味するのか、「誰が」その集まりを主導するのか、幹部会メンバーと地方メンバーといった会員の地位など、ARGの組織体制に質問を集中している。ARGと文化局は来月、会合して相互の理解を深めていくことで合意したという。

なお、ARGによると、メンバー数は現在330人、オーストリア最大の無神論者団体で、「人間愛と人道的な無神論主義を掲げている」という。会費は無料。オーストリアでは宗教団体の国家認知には300人のメンバーが必要だが、ARGは2015年、既にその要件を充たしている。

ARGの幹部メンバー、Wilfried Apfalter氏は、「登録申請での調査では、宗教とは何かについて、興味ある討論を期待している。オーストリアでは『宗教』について明確な定義はないが、2011年の欧州議会と理事会で採決された法的解釈では、『宗教は有神論的、非有神論的、そして無神論的信仰確信を内包するもの』という。文化局がそのような解釈に基づいてくれることを期待している。無神論者も宗教者のカテゴリーに入るわけだ」と述べている。同氏によると、ARGの最終目標は、ローマ・カトリック教会のような宗教法人としての認知だ。

オーストリアでは16団体が宗教法人として公認されている。そのためには団体は創設され20年間が経過し、10年間は組織としても存在し、少なくとも5年間は宗教法人の前段階、宗教団体として認められてきた実績があること、といった条件を充たす必要がある。信者数では人口の0・2%を占めなければならない。宗教法人に公式に認知されれば、学校で宗教授業を開講でき、税の優遇を受けることもできる。ARGが目下模索している宗教団体はオーストリアでは9団体が存在する。ARGが認知されれば、10番目となる。

それではARGが信仰する世界観、人間観は如何なるものだろうか。人間を含む宇宙森羅万象は神性の力によって創造されたものではなく、人間が神性を創造してきたと考える。当然、神による「宇宙創造説」は否定されるわけだ。

無神論者は神の存在を信じない人々の総称だが、ここで注意しなければならない点は、神が存在したとしてもそれを信じない人々と、神の存在そのものを信じない人々の2通りがあることだ。「私は神が存在するとは信じない」、「神が存在していても、それは私とは関係がない」、「神の有無論争は意味がない。神は存在しないからだ」など、さまざまな解釈が出てくる。

明確な無神論世界の登場はやはり史的唯物論の登場まで待たなければならない。それまでは、「自身が信じる神」と「他の神」との戦いの歴史が久しく続いた。カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが「共産党宣言」を公表し、唯物主義が台頭し、神は追放され、「宗教はアヘン」として蔑視されていく。人は精神的存在ではなく、高度に発展し、進化した物質的存在と見なされていった。ここに現代人が考える「無神論者」が生まれてくるわけだ。その意味で、共産主義思想の登場は歴史的出来事だった(「無神論者の生年月日はいつ」2017年10月28日参考)。

ちなみに、欧州では不可知論(Agnosticism)が広がっているが、彼らは無神論者ではない。積極的な無神論者にもなれないが、神を信じる敬虔な人にもなれない人々だ。だから、不可知論は積極的な唯物世界観を提示した共産主義を上回る世界観とはなり得ない(「欧州社会で広がる『不可知論』」2010年2月2日参考)。

オーストリアの無神論者たちの宗教団体登録申請は非常に今日的な問題を含んでいる。英国で生まれた「神はいない運動」が欧州全土に広がったが、ARGの試みは「宗教」という概念を混乱させる。言葉をロゴスとすれば、ロゴスへの挑戦ともいえる。もう少しシンプルにいえば、本物の「宗教」が存在しなくなり、宗教界が堕落した結果生まれてきた試み、といえるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。