9月入学制度に関する議論が大詰めを迎えている。この問題については、 5月14日の記者会見において、安部晋三首相自らが「有力な選択肢」の一つと述べ、政府が来年秋からの導入のための本格的な検討に入った。
その後、文部科学省が「小学ゼロ年生」を設ける案などを検討していることが報じられ、もしかしてこのまま強引に進めるつもりではと危ぶんだのだが、25日の首相の記者会見では「拙速は避けなければならない」とややトーンダウン。そして昨日(27日)夜になって「自民、公明両党が見送る方向で調整に入った」(時事通信)との報道があり、反対だった筆者は一安心しているところだが、もしこのまま導入に踏み切った場合、学校現場の実情が政治家だけでなく、一般の反対論の人たちも含めて十分に理解されていないことを痛感した。
私が見た限り、ネット上では明らかに反対意見の方が多く、その根拠の一つとして、もし9月入学制が実施された場合、会計年度との間にずれが生じるため、就活生にとって不利になるという指摘があった。
その通りなのだが、よく読んでみると、それらはすべて大学生、あるいは専門学校生に関する話で、しかも、「現在のスケジュールでも6月頃には内定が出ているから、特に問題はない」という反論まであって、私を暗い気持ちにさせた。断言してもかまわないが、もし来年秋から9月入学生が実施されれば、最大の被害者となるのは、現在は見落とされている高校新卒での就職希望者である。
私は38年と 4カ月県立高校の教員として勤務したうちの大半の期間、就職希望者が多い郡部の学校や実業高校ばかりを渡り歩き、進路指導部の就職主任も10年以上務めて、2008年のリーマンショック、さらには2011年の東日本大震災も経験した。その道に関してはプロ中のプロである。
やはり最大の思い出は、大震災の直後、地元企業への就職を希望していた100人を超える生徒のため、連日企業を回って頭を下げ続け、何とか就職率 100%を達成できたことだ。あとで数えたら、たった一人で延べ60社以上を歩いていたが、その原動力となったのは「生徒たちにとってたった一度の人生を、天災のせいで台なしにされてたまるか」という強い思いだった。ご存じの通り、日本では新卒者以外で正規職を得るのが大変難しい。
そんな私が言うのだから、ぜひ信用していただきたいのだが、そもそも、現在の高校生の就職のシステム自体が不合理そのもの、まるっきりのめちゃくちゃなのだ。実情をご存じの方は少ないと思う。
まず高校生の就職は 7月1日以降に管轄するハローワークから各校に求人票が送付され、生徒に公開し、 9月 5日に校長が企業へ推薦、16日から企業で選考開始と、全国一律に決まっており、家庭訪問などを含め、企業と生徒が直接接触することは禁止されている。
また、大学とは違い、基本的に「1人1社制」がとられているため、生徒は一度に1社しか受験できず、不採用となって初めて次の企業を推薦してもらえる仕組みになっている(10月あるいは11月以降、複数受験を許可している都道府県が多く、実際にはもう少し複雑なのだが、それでも、すべて学校を通しているため、大学生のように自由に何社も受験できるわけではない)。生徒の志望が競合する場合に校内選考を行って推薦者を決定するのも大きな特徴で、そんな行為が可能になるのは、校長がハローワークから斡旋業務を正式に委託されているからである。
これは、企業の採用活動の激化が生徒の勉学の妨げになるのを防ぐために古くから続けられてきた制度であり、私が教員になった頃には、進路指導部の就職担当の仕事といえば、届いた求人票を生徒向けに掲示し、斡旋願を提出させ、希望を調整して、書類を取りまとめ、送付する。まあ、その程度だった。当時は高校生の企業訪問がまだ認められていなかったからである。
ところが、リーマンショックによって求人が激減した直後、内定率向上を目的として企業見学が唐突に許可された。それ自体は結構な話なのだが、だからといって、求人票の公開日が早められたわけでも、1学期中の授業日に公欠で見学に行くのが認められたわけでもない。企業訪問ができるのは、事実上、 7月20日頃から始まる夏季休業の期間のみ。しかも、業種によって例外はあるものの、各企業が見学者を受け入れるのはせいぜい旧盆前まで。つまり、大学生ならば最低でも1年はかける就職活動を、たった3週間で終わらせなければならないのだ。
これだけでも正気の沙汰ではないが、さらに信じがたいことに、生徒の志望が集中する地元の大手企業などは「7月○日に見学会を開催するので、志望者を各校1人ずつに絞って参加させよ」などという通知を平気で送ってよこす。したがって、就職希望者の多い高校では、夏休み直前から戦争のような騒ぎになるのだ。
もし9月入学制が導入された場合、それでなくても大混乱になる高校生の就職活動の期間を、一体どこに設定するつもりなのか。単純に5カ月ずらせば12月末から1月半ば……時期としてはまさに最悪である。
昨年までのような売り手市場であれば(2019年3月末の全国の内定率は98.2%)嫌々ながらでも見学会を開かざるを得ないだろうが、残念ながら、今後しばらくは深刻な不況が続きそうだ。会計年度末まで採用活動を手控える企業が増え、内定率が一気に下がることが懸念される。
高校卒での就職希望者の多くは経済的に苦しい家庭の子供たちだ。彼らにとって、4月から8月までの収入が消えるだけでも大問題なのに、正規職が得られなければまさにダブルパンチだ。
もし今後、9月入学制を導入したいのなら、まずは景気を立て直し、不合理な就職システムを是正してからにしてほしい。さらに言えば、あと1カ月ちょっとで始まる高校3年生の就職シーズンに9月入学制導入で水を差すような愚挙だけは、絶対にやめてもらいたいものだ。