国民の関心がコロナに集中する中で、中国が尖閣諸島への圧力を強めています。そのことに気がついている人がどれぐらいいるでしょうか?
「尖閣周辺には、以前から中国の船が来ていたじゃないか」
そう思っている人もいるかもしれません。尖閣諸島周辺はアカマチなどの珍しい魚も取れる漁場として知られています。それらを狙って、これまでの中国の漁船が頻繁に来ており、そうした漁船が領海に入ってきた時には、海上保安庁の船が退去を命じてきました。そうした情勢の中で、10年前、私は漁船衝突事件の事後対応にあたる経験をしました。
しかし、5月8日に発生した事案はこれまでとは次元が異なるものでした。わが国の領海に入った中国政府の海警は漁船とは全く性質が異なります。その海警の船がわが国の漁船を追尾したことは、わが国の領海内で公権力を行使しようとしたことを意味します。
ちなみに、中国の海警は日本の海上保安庁と同様の役割を担う組織ですが、軍事組織の根幹ともいえる中央軍事委員会の指揮下にある武警部隊に属する軍事色の強い組織です。海の警察として位置づけられている海上保安庁とは、似て非なる部隊と言えます。
今回の行為は控えめに言っても侵略的なものであり、わが国の尖閣諸島の『実効支配』を揺るがす深刻な事態と言えます。私は中国が本気で尖閣を狙ってきていると思っています。尖閣の情勢は台湾はもちろん、ひいては沖縄のあり方(尖閣諸島は沖縄県です。念のため)にも影響を与えることになります。
ここまで読むと「日本の安全保障は大丈夫なのか」と心配になる人も多いと思います。他方、「米軍がいるじゃないか」と思っている人もいるかも知れません。いざという時に米国は本当に頼りになるのか、原発事故対応を振り返りながら、考えてみたいと思います。
Fukushima50が起こした奇跡。そして今、医療現場で戦っている人たちにできること
皆さんは『Fukushima 50』という映画をご存知でしょうか。当事者だった私は公開直後に見てきたのですが、すでにコロナの影響が出ていて残念ながら観客は数名でした。再開された映画館で多くの方に見てもらいたいと思います。
原発事故直後から危機的状況は何度も訪れました。過酷な状況にあって吉田昌郎所長のリーダーシップは突出していました。原発事故直後、官邸とのホットラインとして所長と私の携帯はつながっていました。3月14日の夜、二号機に水が入らなくなった現場から所長がかけてきた電話は忘れられません。
「細野さん、ここまで頑張ってきましたがダメかも知れません」
数分後、所長から「水が出たのでまだやれる」との電話が入るまで、あの菅直人総理も言葉がありませんでした。
東電の撤退騒動があったのはその前後です。東電本店が撤退を本気で考えていたかどうかは判然としませんが、仮に現場があそこで諦めていたら原発は制御不能になってました。あの場所に残って作業を続けたこと自体が奇跡だと私は思っています。
家族を思い、恐怖と戦いながら、現場を放棄することなく踏ん張ってくれた吉田昌郎所長とFukushima50の存在を日本人である我々は決して忘れてはなりません。生前の吉田所長に対し十分に感謝の念をお伝えできなかったことが無念でなりません。
この瞬間も、コロナの現場で懸命に努力して下っている医療関係者の皆さんがいます。そうした皆さんに感謝を示すために、ブルーインパルスが東京の空を飛びました。素晴らしいことだと思います。
危機の時に現場で戦う人たちを称賛し、それに何らかの方法で報いなければ、リスクを背負って戦う人はいません。ブルーインパルスが飛行する姿を見て、原発事故から9年が経過しわが国の危機管理のあり方が進歩したと私は感じました。
あの時、土壇場で自衛隊が踏みとどまった
3月16日の自衛隊ヘリによる燃料プールへの放水は、現場を鼓舞する上でも死活的に重要でした。我々は東電本店で固唾をのんでヘリの映像を見守り、その日の午後は現場も作業を止めてヘリが来るのを待っていました。
一機目の偵察ヘリが通過し、いよいよ水を抱えた二機目のヘリが近づいたとき異変が起こりました。水を放つことなく現場をヘリが離れたのです。すぐに北澤俊美防衛大臣から電話が入りました。
「放射線量が高すぎて放水は断念した」
自衛隊の撤退という事実を突きつけられ、国家の背骨が折れるかも知れないという戦慄を覚えました。
秘書官によると、その時の私は顔面蒼白だったそうです。東電本店も原発の現場も言葉を失っていました。しかし、政府を代表して本店に乗り込んでいる私が意気消沈している姿を晒すわけにはいきません。気力を振り絞って携帯を握り、菅総理そして北澤防衛大臣に連絡を取りました。折り返しがあり、北澤大臣が断言してくれました。
「明日は自衛隊が必ずやる」
現場に向かう自衛官のリスクを考えると、行けるなら私が自分で行きたという気持ちでした。しかし、現実には彼らに託すしかありません。
17日、ついに自衛隊ヘリによる放水は実行されます。土壇場でわが国最強の部隊である自衛隊が踏みとどまりました。
自衛隊が放水する以前、深刻な事態の推移を見た米国は、わが国が国家を上げて主体的に事故に対応する覚悟があるのかどうか疑問を持っていました。私のところにも米国からのシグナルは届いていました。
「日本自らが行動した時に初めて米国は協力する」
自衛隊が動かない限り米国に動く意思がないことは明確でした。総理にオバマ大統領から「あらゆる支援を行う用意がある」との電話が入ったのは自衛隊による放水の後のことです。
戦慄を覚えた最悪のシナリオを日米で共有する
日米の連携を強化する必要性を痛感し、総理に直訴して3月22日、『原発事故に対する日米合同調整会議』を立ち上げました。米国の最大の懸念は四号機のプールにありました。
ちょうどその頃、私自身もアプローチを変える必要があると感じていました。事態に後追いで対応するのではなく、最悪を想定し備えるアプローチです。最も重要なのはそうならないようあらゆる手を尽くすことです。
シナリオの作成は、最も信頼していた原子力委員会の近藤駿介委員長に依頼しました。危機においては専門家の人物がものを言います。近藤委員長は不眠不休で作業を行い、3月25日には『福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描』と題する報告書を作り上げました。
仮に一号機の原子炉が爆発した場合、それが原因で現場の作業員が全面撤退を余儀なくされ、作業ができなくなることで注水がストップしてしまう。そうなると、二号機、三号機にも注水ができなくなる。注水がストップして最も危険なのは定期検査中で核燃料が1535本入っている四号機のプールが干上がる。
すでに一号機の建屋は破損しており、原子炉爆発の可能性は下がっていました。近藤委員長はそのことを十分に認識しながら、なおかつ一号機の原子炉の爆発の可能性をシナリオにしてきました。これこそ最悪の最悪のシナリオだと感じました。
仮に四号機のプールが干上がり、制御不能となった場合、大量の放射性物質が舞い上がり、首都東京方面に流れだした場合、強制移転しなければならない範囲が170キロ、移転希望を認めるべき地域が250キロ。
文字通り、国家存亡の危機というべきシナリオでした。数日後、米国から提示された最悪のシナリオで示された避難エリアは、我々のシナリオとほぼ一致していました。
米国は四号機のプールに水があるかどうか、4月になってからも疑っていました。一方、日本側は四号機のプールに水がなければ現場の作業ができるはずがないと考えていました。四号機のプールの水をキリンと呼ばれたコンクリートポンプ車で採取して証明したことによって、結論は出ました。
米側がわが国の技術力を評価し、現場を掌握しているということを認める中で、日米両国が共に戦う態勢が整いました。国務省が『ホソノプロセス』と呼んだプロセスは年末まで続きました。
米国からの技術や物資の提供はすべて無償、被災地の現場にも米軍が足を運ぶようになりました。他の多くの国からの支援がありましたが、同盟国である米国の支援は別格でした。この経験は、日米同盟とは何か、重要な示唆を与えていると思います。
こうした教訓を踏まえ、尖閣諸島でわが国が行うべきことは何か考えてみたいと思います。
衝撃的だった”Dragon Against the Sun”で示された尖閣諸島上陸シナリオ
米国のシンクタンクであるCSBAのシニアフェローであるToshi Yoshihara氏は、5月19日に”Dragon Against the Sun”というタイトルのレポートを発表しました。龍は中国、太陽は日出づる国・日本を指しており、中国が日本に対抗する戦略を書いたレポートです。
ちなみにタイトルの”Dragon Against the Sun”は、日米戦争を記した”Eagle Against the Sun”というタイトルを転じたもので、わが国にとっては厳しい内容となっています。
Dragon Against the Sun: Chinese Views of Japanese Seapower
衝撃的だったのは『中国の尖閣諸島上陸シナリオ』です。先日、プライムニュースで使われたテロップを @vx51 さんのツイートから拝借します。
シナリオは、わが国の海上保安庁の巡視船が中国海警局の巡視船を銃撃することから始まります。警察力である海上保安庁は緊急避難、正当防衛以外での武器使用は行いませんので必ずしも現実的ではありませんが、わが国の漁船が海警の巡視船によって拿捕されるなどの事案が発生すれば、武器使用の可能性を全く否定することはできません。それをきっかけに日中は戦争状態に突入します。
中国は、那覇空港を巡行ミサイルで攻撃するなどわが国に対し激しい攻撃を加える一方で、米国の嘉手納基地を攻撃対象から除外します。中国による米国内の世論工作も功を奏し、米国は日米安保第5条の発動を拒否します。日中衝突開始から4日以内に中国軍の尖閣諸島上陸を許すところでシナリオは終わります。
このシナリオに対して疑問を投げかけるのは難しくありません。しかし、わが国と中国の軍事力を客観的に比較したとき、尖閣諸島を取り巻く環境が大きく変化していることは紛れもない事実です。国防予算はもちろん、艦艇の総トン数、ミサイルの距離や発射装置の数。どれを取っても、もはや中国がわが国を凌駕しているという現実をわが国は直視しなければなりません。
海上保安庁だけで尖閣を守れるか。アメリカは補完的役割を担うに過ぎない
現実に話を戻しましょう。5月中、中国公船が領海に侵入したのは3日間(8日は日本の漁船を追尾という著しい主権侵害)ですが、領海周辺の接続水域には毎日来ています。来ているというより、中国公船が「尖閣諸島周辺に常にいる」状態です。
中国海警が日本領海で日本漁船を追尾した際、中国政府は「中国領海内の違法操業」だったことを根拠としました。正当化した以上、遠からず日本漁船を拿捕すべく中国海警が搭載艇を下ろす時が来るでしょう。
6月11日の参議院予算委員会で衛藤晟一大臣は注目すべき答弁をしました。残念ながら海上保安庁の限界が明らかになったと言えるでしょうし、もはや『中国がわが国の領海で公権力を行使した』と考えるべきです。
衛藤大臣答弁「海上保安庁は頑張っておりましたが、割って入ることはできなかった」「(5月8日)領海内で漁業をしていて(中国の公船に)2時間も追われた」
今後も、中国は海への出口を確保するために海警および海軍の増強を間違いなく続けます。中国から見て太平洋への出口をふさいでいる尖閣諸島を取りに来る姿勢も変わらないでしょう。わが国はそれにどう向き合うか。
私は海の警察である海上保安庁だけでは対応しきれなくなっていると考えています。各国はシーガードと軍が共同して領海侵犯に備えています。海上自衛隊に加え、陸上自衛隊に2018年に新設された水陸機動団も万全の準備をするべきです。日本版海兵隊と呼ばれる水陸機動団は精強な部隊に成長しています。
ここでは南日本新聞の映像をお借りしました。映像の最後の司令官の発言は明らかに尖閣諸島を意識したものです。
「一時的にでも敵が占拠した場合には、あらゆる手段を使ってこれらを排除し、地域を奪還します」
海上保安庁と海上自衛隊が連携することで尖閣の海の守りを固め、不測の事態で上陸を許した場合も、水陸機動団を中軸に陸海空が総力をあげて奪還する。占拠された地域の奪還は極めてリスクの高い軍事行動ですが、自力で取り戻す覚悟なくして侵略を防ぐことはできません。
日米安保条約は万能ではありません。日米ガイドラインには、わが国の「海域防衛」について自衛隊が「作戦を主体的に実施」となっている一方で、米軍の役割は以下のように記されています。
「自衛隊の作戦を支援し及び補完する」
中国と戦火を交えるのは、世界最強の米軍をもってしても大きなリスクです。わが国が尖閣の防衛をさらに強化し、自衛隊が行動しない限り、米軍がわが国と共に戦うことはないでしょう。米国にとってわが国そして自衛隊が不可欠な存在であり続けることが前提となります。
タイトルの『日本が危なくなった時に、アメリカは助けてくれるのか』という問いに対する答えは明確です。原発事故の時もそうでした。わが国の原発作業員と自衛隊が命をかけて戦わない限り、米軍が動くことはありませんでした。尖閣においてもそれは変わりません。他方、わが国が覚悟をもって行動した時に、共に戦ってくれる唯一の同盟国が米国だということも忘れてはなりません。
編集部より:この記事は、衆議院議員の細野豪志氏(静岡5区、無所属)のnote 2020年6月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。