KAM(監査上の主要な検討課題)導入は監査法人と監査役等だけで盛り上がってはいけない

山口 利昭

当ブログも2005年から始まり、もう16年目に突入しておりますが、当ブログでこれまで一番盛り上がったネタといえば2006年から2009年ころにかけて、いわゆる「財務報告内部統制(J-SOX)」の準備期から施行初年度あたりでした。毎日のコメントが30通~50通ということで、私がコメントを一括してアップしていた時期もありました(金融庁批判のエゲツないコメントも含めて)。

(写真AC:編集部)

(写真AC:編集部)

そして2021年3月期の金商法監査において、またKAM(監査上の主要な検討課題)開示という新たな制度が強制導入されるわけですが(企業会計審議会、改訂監査基準 第四報告基準二2【2】)、「J-SOX狂騒曲」の最中に身を置いた者として、ぜひとも経営者の「やっつけ仕事」にならないように制度全体を盛り上げる必要性は高いものと考えております。

最近の「週刊経営財務」や「月刊監査役」などのKAMに関する特集記事等を読んでおりまして危惧しているのが「監査役や監査法人は盛り上がっているけど、主役にならないといけない経営者や投資家は盛り上がっているのか?」という温度差に関する懸念です。うーん、これって14、5年前のデジャヴ(既視感)ではないのかな・・・。

前にも一度ご紹介しましたが、週刊経営財務3396号(2019年2月18日号)の座談会記事「KAMをより意義あるものとするためには何が必要か」は、ここ数年の同誌の記事の中で最高傑作だと思っております。三菱商事代表取締役、日本電気監査役、そして日本公認会計士協会の常務理事3名のバトル(と申し上げてもまったく誇張ではないはず)は、立場の違いが「KAMへの想い」に如実に出ていて非常に勉強になりました(すいません、個人的には三菱商事の方にとてもシンパシーを感じました)。「投資家や株主といった監査報告書の利用者に監査の透明性の向上を図ることが一義的な目的」(日本監査役協会 Q&A集・統合版」5頁)とするのであれば、今期から強制適用されるKAMを、監査人や監査役等だけでなく、経営者や投資家の共有資産として活用しなければならないと思います。

しかし、その役割は誰が背負うのでしょうか。金融庁でしょうか、それとも東証でしょうか。J-SOXの時は金融庁や東証が積極的に広報して、(私も法曹代表として参加しましたが)「ラウンドテーブル」なども開催されました。それなりに効果はあったと思いますが、結局のところ内部統制報告書の中身は「金太郎飴化(またの名を「ボイラープレート化)」してしまいました。経営者にとっては、毎年の恒例行事となり、「やっつけ仕事」となり、不正が起きれば「内部統制はいったん有効としておいて、後から訂正すればよい」という実務慣行が定着してしまいました。これでは悲しい・・・。

ということで、監査役等(監査委員、監査等委員の取締役の方も含めて)の立場から言わせてもらえば、KAMの導入にあたり、監査役等は通訳(調整役)に徹するのが最も現実的な役割ではないでしょうか。たしかに制度上は監査人と並んで監査役等は主役です。しかし表舞台に経営者と投資家を引っ張り出してこなければならない。上記経営財務の座談会でも浮き彫りになりましたが、KAMへの期待ギャップを明らかにして、そのギャップを埋める役割を監査役等が担う必要があると思います。

「そんなことだったら有報の『事業上のリスク』の開示で足りるではないか」「そんなこと書いたら会社の不正が疑われるやないか。信用毀損も甚だしいではないか」「よくわからない監査過程を開示するくらいなら、もっと投資家に有益な情報を開示規制で増やせばいいではないか」といった意見に、監査役等が応える役割を担うべきです。

7月6日、某上場会社が「当社の無形固定資産の減損リスクに関する新潮社の記事はけしからん!訴えてやるぞ!」とご立腹のリリースを出しておられましたが、のれん等の無形固定資産の減損や引当金の合理性、繰延税金資産の評価、子会社株式評価、収益認識の基準等、「俺が会計基準だ」と自信満々の経営者はたくさんいらっしゃいます。KAM開示は「アラート開示」だと認識されている経営者もたくさんおられると思うのです。そのような現実を冷静に見つめて、監査人も経営者もお互いに譲歩して、最終的には投資家のための制度であることを理解したうえで制度を運用する必要があります(そういった譲歩をしたとしても、法的リスクの顕在化にはつながらないことの支援を法律家もすべきだと思います)。

すでに海外では「コロナ禍が事業に及ぼす影響を監査人がどうみているのか、KAMとして開示せよ」と当局が指導しているそうです。監査人と監査役等で盛り上がりたい気持ちもわかるのですが、KAM開示の制度を広く関係者の共有資産として、資本市場及び投資家の監査制度に関する信頼を向上させることができれば良いなぁと、ひそかに期待しております。そのためには関係者それぞれが「ほんのすこしずつ譲歩する勇気」が必要ではないでしょうか。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年7月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。