ボルソナロ大統領の第2のチャンス

「人は変わるか」という設問は正しくない。人は逐次、変わりながら前に進み、特には後退しながら生きているからだ。だから「人は変わるか」ではなく、「人は常に変わりながら生きていく存在だ」という前提なくして考えられないからだ。

(ボルソナロ大統領(Wikipedia):編集部)

なぜ、突然、そのようなことを書くのかといえば、ブラジルのボルソナロ大統領(65)が新型コロナウイルスに感染した、というニュースが飛び込んできたからだ。“ブラジルのトランプ”ともいわれてきた同大統領は新型コロナの感染が広がり出した時、「インフルエンザに過ぎない」と一蹴し、「私はスポーツで体を鍛えてきたから、感染しない」と豪語して、新型コロナがブラジルに拡大した後でもマスクの着用を拒否したため、裁判所からマスクの着用を強制されたほどの、ある意味で頑固な大統領だ。

その大統領が38度を超える高熱と、倦怠感を覚えたために、軍事病院で検査を受けたところ、新型コロナ陽性だったことが7日、判明したわけだ。このニュースは欧州でもトップで報じられ、当方が住むアルプスの小国オーストリアでも夜のメインニュース番組で大きく報じられた。

ブラジル大統領の新型コロナ感染が大きなニュースとなったのは、ブラジルが南米の大国だということもあるが、同大統領が感染しないと豪語していたからだ。欧州では「そらみろ、新型コロナを甘くみていたからだ……」と冷たい眼差しが注がれている。

新型コロナで多くの犠牲を払ってきた欧州では、新型コロナの感染の怖さを過小評価するブラジル大統領の動向を聞くたびに、首を傾げるとともに、「危険極まりない愚かな政策」と受け取ってきたことは事実だ。

そのブラジル大統領が遂に新型コロナウイルスに捕まってしまったわけだ。ブラジルでは7日までに約167万人の国民が感染し、約6万7000人の生命が失われた。同大統領が尊敬するトランプ大統領の米国に次いで世界第2の感染国となった。大統領の責任は大きい。

しかし、同大統領にもセカンド・チャンスはある。英国のジョンソン首相(55)もボルソナロ大統領ほどではなかったが、新型コロナを小馬鹿にしていた、というか、警戒心が十分ではなかった。しかし、自身が感染し、ロンドンのセント・トマス病院に入院、一時、集中治療室(ICU)のお世話になるほど重症となった。同首相は退院後、変わっただろうか。変わった。

ジョンソン首相は退院後、新型コロナの危険さを身にしみて実感し、対策に真剣に取り組みだした。それだけではない。新型コロナの発生地、中国との友好関係を再考し始めた。英メディアが今月5日報じたところによると、英国政府は5G問題で中国の通信機器大手ファーウェイ(華為技術、HUAWEI)の機器を段階的に撤去することを決定するなど、中国との関係見直しに乗り出している。ジョンソン首相は「感染前」と「感染後」では確実にその政治路線が変わってきているのだ(「ジョンソン首相と太永浩氏に注目」2020年4月19日参考)。

同じことが、ブラジルのボルソナロ大統領にも言えるのではないか。最初に書いたように、人は常に変わる存在だ。「変わること」は決して人間の「弱さの証明」ではなく、常に変わりながら生きて行くのが「人間の証明」だからだ。

このコラム欄では頻繁に登場する「サウロ」から「パウロ」への改心話だけではない。キューバの独裁者、フィデル・カストロ(1926~2016年)は2016年11月25日、死の直前にローマ・カトリック教会の聖職者から病者の塗油(終油の秘蹟)を受けていた。独裁者も変わるのだ(「フィデル・カストロの回心」2017年4月2日参考)。

身近な例として、安倍晋三首相は第一次政権を病気ゆえに放棄せざるを得なくなったが、回復後、歴代最長の首相在職日数を記録したことは周知のことだ。日本のメディアは当時、安倍首相の変貌ぶりをどのように報じたか知らないが、安倍首相の中にきっと変わらざるを得ないドラマがあったのではないか。

政治の世界では不動の政治信条の持ち主を評価する一方、変わり身の早い政治家を「信念がない」として貶すが、変化しながら発展していった政治家への評価を忘れてはならないだろう。ジョンソン首相もボルソナロ大統領もある意味で大衆迎合型政治家だ。彼らにとっても新型コロナの感染問題は古い自分の世界を脱皮できる機会ともなるはずだ。

新約聖書「ヨハネの黙示録」第3章15節には「あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい」と記述されている。そして熱くも冷たくもなく、なまぬるい人間は神に出会う機会がないという。激しい気質の持ち主ボルソナロ大統領にも「人は変わることができる」ことを証明してほしい。

南米のボルソナロ大統領の快癒を願うとともに、その後の政治路線の動向に注目したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。