「第2波」という錯覚が起こった単純な理由

池田 信夫

新型コロナの検査陽性者数が全国各地で増え、「第2波」と騒がれている。たしかにPCR検査の陽性者数は増えているが、これは統計的には無意味な数字である。今の検査は症状の出た人が中心で、サンプルが大きく片寄っているからだ。

これは統計学の初歩だが、統計は母集団をすべて調べるものではない。たとえば日本人の平均寿命を知るには、全国民の年齢を調べる必要はない。特定のサンプルで平均を計算し、チェックするのはそのサンプルにバイアスがないかどうかである。

普通の感染症では、こういう統計手法が確立しているので、すべての患者をカウントしないで推定する。たとえばインフルエンザでは、全国にあるサイト(病院)ごとの患者数を5万倍して患者数を推定する。

だがコロナではサンプルと母集団の関係がわからないので、検査で陽性になった人をカウントしている。したがってコロナ陽性者数をインフルの推定患者数と比較するのは正しくない。

5月までは保健所に届け出た(自覚症状のある)人を検査していたが、6月からは無症状の人も検査するようになった。このため6月下旬には4000人程度だった検査人数が7月から急に増え、7月末には1万人6000人(7日移動平均)と4倍に増えた。

全国のPCR検査人数と陽性者数(右軸)厚労省オープンデータ

検査陽性の増えた原因は単純である。この図でもわかるように、検査人数が増えるのに比例して陽性者数も増えたからだ。特に6月から検査方法が大きく変わって無症状者に検査を拡大したことが、陽性者数の増加の大きな原因だ。

5月は陽性者数が減ったので自粛の効果はあったと思われるが、緊急事態宣言解除はほとんど影響がなかった。自粛のゆるみで感染の第2波が来たのではなく、検査が増えたことが陽性者の増えた最大の原因である。

検査人数を一定と想定する実効再生産数やK値は、流行の指標にならない。検査人数で割った陽性率は3%から9%に増えたので感染は拡大しているが、東京では7月に入って6.5%前後で一定している。第2波と呼べるような爆発的な流行はみられない。

死者は逓減している

コロナの母集団はインフルと同じ方法では推定できないが、今の9%という陽性率を全人口にかけると1100万人。これが最悪の場合だろう。海外では10%を超える抗体陽性率も出ているので、ありえない話ではないが、日本では抗体検査の陽性率は1%以下である。

ただ日本人の死者が少ない原因が自然免疫だとすると、その効果は抗体検査で検出できない。高橋泰氏は「日本人の35~40%がコロナ暴露を経験した」というが、これは単なる推測である。

日本人の40%がコロナウイルスを浴びたとすれば、それはPCR検査でわかるはずだが、ソフトバンクグループが抗体検査のとき行ったアドホックなPCR検査では、陽性は抗体陽性より少ないという結果が出た。

今までのPCR検査や抗体検査の結果をみると、日本人の中でコロナウイルスに感染した人は1%以下と考えるのが妥当だろう(それ以上と想定するデータがない)。残り99%がどうなるかは、議論のわかれるところだ。

一つの考え方は西浦博氏のように「理論的にありうる上限まで感染は拡大するので、今は序幕だ」と考えることだ。基本再生産数が2.5だとすると、感染は人口の80%が感染するまで止まらない。9%で止まるとしても1100万人が感染し、致死率1%だと11万人死ぬ。

もう一つは、日本人の大部分が何らかの原因でコロナに免疫をもっていると考えることだ。たとえば高橋氏の想定するように日本人の98%が自然免疫をもっているとすれば、死者はたかだか3000人程度だろう。

どっちも実証的根拠はないので断定はできないが、これまでの経験からいえるのは、西浦氏の予言した指数関数的な感染拡大は起こらなかったということだ。上の図でもわかるように、検査数で割った陽性者数はたかだか一次関数であり、これが今後、劇的に変わるとは考えられない。

これまでのデータから考えると、陽性者数の上限を決めるのは検査数の制約だろう。安倍政権は「1日2万件」と約束したので、検査件数は今後しばらく増え、陽性者も増えるだろうが、それは問題ではない。

全国のコロナ累計死者(東洋経済オンライン)

死者は5月は462人だったが、6月は80人、7月は36人と大きく減った。死者は指数関数どころか逓減しているのだ。6月から陽性者数が増えたのに死者が減ったのは、5月までの陽性者数が(検査態勢の不備で)過少評価だったことを示唆している。

陽性者数は当てにならないが、死者数は信頼できる。医師が死亡診断書を書くときは、母集団を全数調査するからだ。この指標をみるかぎり、日本で「第2波」が来た形跡はなく、今後も来るとは考えられない。