入れ歯が作れなくなる !? 歯科技工士の危機

Naokam/写真AC

「手先が器用だから技工士への進学を検討しています」

知り合いから相談を受けた時、言葉に詰まってしまいました。

技工士の労働環境の悪さ、離職率の高さは、歯科業界の中で通説になっていて、長年わかっていながらも改善されてこなかったからです。

歯医者たちを支える職である技工士について、手放しとは言えずとも素直にお勧めできないのは、業界のありかたとして居心地の悪さを感じます。

1. 若手が定着しない厳しい長時間労働

技工士の仕事は、歯医者さんで使用する詰め物や入れ歯、矯正装置を作成する職業です。蝋で形を彫刻して鋳造したり、ワイヤーを歯型ぴったりに曲げたりします。最近ではCAD/CAM装置を操作して制作することも多いかもしれません。二次産業であるとされており、手先の器用さが重要な職人さんともいえます。

昭和中期まで歯医者さん自身で鋳造やワイヤー曲げすることも多かったのですが、求められる精度の向上や、虫歯の洪水時代のニーズ拡大を受けて分業していきました。

既出の各統計調査によると、1日平均就労時間は一般労働者が8.9時間に対し、技工士が10.3時間と、だいぶ長いことがわかります。また1ヶ月の平均残業時間は一般労働者が22.1時間に対し、技工士は約39時間(公表数値からの概算)と、大きな差となっています。

このうち賃金不払い残業(サービス残業)は、一般労働者の51.9%が1ヶ月平均で20.0時間行っています。技工士は34.1%で残業手当の支給がなく、平均残業時間の多さを鑑みると、一部で厳しい労働環境になっていることがわかります。

技工士の7割強が勤務する30人以下の事業所において、短大新卒一般労働者の3年間での離職率は49.1%、技工士学校新卒者の5年間での離職率は51.1%です。技工士学校新卒者の8割が20代のうちに転職するというのは業界内で問題とされていますが、一般短大卒労働者と比較すると特別大きな割合ではないことがわかります。

また1ヶ月の平均賃金は短大卒男性が31.4万円、技工士男性が32.1万円と、大きな差はありません。

以上まとめると給与は一般的な短大卒と同等ながら、平均残業時間が法定上限ギリギリと長時間労働であるため、1時間あたりの賃金が低いと感じるというのが、統計上みられる背景と推察します。

一方で離職率と賃金不払い残業(サービス残業)は短大卒労働者全体の問題といえるかもしれません。

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2. 歯医者との力関係

また、技工士は歯科医師の指示に基づいて制作を行うため、価格交渉を含む営業活動をしなければなりません。

歯医者も昭和中期のピーク時と比べるとそれなりに苦労しており、折からの金属代高騰による経営圧迫に直面しているので、技工士に対して値下げ圧力がかかります。

(参考)シュリンクフレーションでの新しい価値(例・歯科の新材料) ― アゴラ

ある意味コミュニケーションが業務の一部で口達者な歯医者に対し、職人気質で弁が立つとは言いがたい技工士がフラストレーションをためる場面も、多いのではないかと思います。

技工士が歯医者に対し、削りや型採りにダメ出しをして、強気に価格交渉できるというのは、短大時代学年トップ争いをするような、ごくわずかな天才に限られます。

一方で歯医者側としても、不当な値下げ圧力には眉をひそめるものですが、義歯や詰め物の価格は保険治療における<b>法定価格なので、テナント料や人件費を考えると既に採算ギリギリであることが多いという事情があります。

3. 参入障壁が機能していない

以上の長時間労働、単位時間あたりの給与の低さ、歯医者に対するフラストレーションから、技工士は業務を独占する国家資格でありながら、他の短大卒と同等の離職率で人材が流出します。

その一方で短大卒の労働市場における他の職種と違い、技工士は2年以上歯科技工士学校に通学したものしか資格試験を受けられません。短大卒労働者にとって、この2年以上の通学というのは強い参入障壁となります。

結果的に人材の流出は他職種と同等ながら、人材の参入がほとんどなく、結果として若手技工士は減少しています。一般的には参入障壁は職業の価値を高めますが、技工士は参入障壁のせいで人材不足に陥っているかもしれません。

そうであれば技工士資格の規制緩和をし、養成学校の通学なしに、資格試験のみで参入できるようにするのは一つの解決策ではないでしょうか。

例えばアメリカでは技工士の認定試験制度はありますが、無資格でも営業できます。アメリカは日本のように法定価格で歯医者自体が経営に苦しんでいるという状況ではなく、実力さえあれば収入が伸びるため、アメリカンドリームを目指して渡米する人も多くいます。東南アジアでも日本人技工士の高い技術力は評価されているため、今後人材が流出して歯医者が困るかもしれません。

(参考)世界の歯科技工士 ― 海外の事情と日本の位置

また働きながら資格取得もしやすくなれば、無資格で歯科臨床に関われる歯科助手が通信教育などで資格取得し、クリニックで仮歯制作や義歯修理などの業務に携われるようになり、歯科助手のキャリアプランも開かれます。より臨床に近い歯科助手経験者の技工士は、歯医者との間の潤滑材になるかもしれません。

まとめ

一般読者にとって技工士の職業について顧みる機会は少ないかもしれません。しかし彼らが居なければ歯科治療は不可能とは言わないまでも、数ランク品質が下がるのは確実です。

技工士は上位取引先と言える歯医者に対し言いたいことは沢山あると思いますが、同じ業界を支えるものたちが分断するのは望ましくありません。

歯科医師会はこれまで医師会・薬剤師会との交流・連携を深めてきました。そうであれば、歯科医師会から声掛けをして、技工士会・衛生士会・歯科医療機器業界との交流・連携を深め、共に問題解決に取り組むのが望ましいのではないでしょうか。