中欧チェコの毅然とした対中政策:上院議長が圧力乗り越え訪台へ

長谷川 良

ビストルチル上院議長(Wikipedia)

チェコのミロシュ・ビストルチル上院議長(Milos Vystrcil)は今月29日から9月5日の予定で台湾を訪問し、蔡英文総統ら台湾首脳らと会談するという。同議長には議員、企業代表など約90人が随伴する。同ニュースを報じた海外中国メディア「大紀元」日本語版(8月8日)によると、人工知能、航空宇宙など技術分野について協議するほか、台湾の新型コロナウイルス感染防止について交流する予定だという。

チェコ上院議長の訪台が実現するまで紆余曲折があった。中国側はチェコ上院議員の訪台を阻止するためにあらゆる手段を行使してきた。訪台はビストルチル議長の前任者、ヤロスラフ・クベラ前議長が引率していく予定だった。

クベラ議長は昨年、台湾の駐チェコ代表部から国慶節式典参加の招待状を受け取った。クベラ氏は2020年の台湾総統選挙後に台湾を訪れる予定だった。そのニュースが流れると、中国共産党政権はチェコのナンバー2の立場にある上院議長の訪台計画を阻止するため、親中派のゼマン大統領らを動かして圧力を行使。駐チェコ中国大使館の張建敏大使はクベラ上院議長(当時)に書簡を送り、「訪台すれば、チェコの対中貿易関係に大きな支障が生じるだろう」とあからさまに脅迫してきた。具体的には、中国でビジネスを展開するチェコのシュコダ(Skoda)自動車など複数のチェコ企業に対して、報復することを示唆したという。

事態は急変した。今年2月の訪台を前にして、クベラ氏が1月20日、心筋梗塞で急死したのだ。担当医の話では、「クベラ氏の心臓発作は突然のものではない。心臓に症状が出始めたのは、中国大使館が議長夫妻を大使館での夕食会に招待した1月17日頃だ」という。クベラ氏の家族は、「中国側の強い圧力で悩んでいた」と証言し、クベラ議長の急死は中国側の圧力にあると断言している。実際、クベラ前議長が駐チェコ中国大使館で張建敏中国大使と会談した3日後、心臓発作で亡くなったからだ。サスペンス小説を読んでいるような展開を「大紀元」の情報をもとに少し再現したい。

クベラ氏の夫人はチェコのテレビ局番組などで中国大使館主催の夕食会の様子を明らかにしている。以下、その部分の「大紀元」の記事を掲載する。

夕食会当日、中国大使館職員から、夫と離れるよう要求された。張建敏・駐チェコ中国大使と1人の中国人通訳が夫を別室に連れて行き、3人で20~30分話した。夫は出てきた後、かなりストレスを感じている様子で、酷く怒っていた。そして、私に『中国大使館が用意した食事や飲み物を絶対に食べないように』と言った」という。夫に、部屋の中で何が起きたのか聞くと、『張大使から台湾に行かないように求められた。もし行けば、張大使自身が中国中央政府により逮捕されるそうだ』と話したという。

同夫人によると、クベラ氏の部屋には中国大使館とゼマン大統領事務所からの手紙が残っていたが、もしクベラ氏が訪台すれば、中国でビジネス展開するチェコ企業に何らかの制裁を科すという内容と共に、クベラ氏の家族にも危険が及ぶことを示唆していたという。明らかに脅迫状だ。中国大使がホスト国の上院議員の家族を脅かしたのだ。

クベラ夫人の証言で興味深い点は、クベラ氏が張大使と会談した後、夫人に「上院議長が訪台すれば、張大使自身にも危険が及ぶと語っていた」という部分だ。中国共産党政権は訪台を計画していたチェコ上院議長だけではなく、自国の張大使に対しても脅迫していたのだ。

そのやり方は北朝鮮独裁国家と酷似している。北朝鮮工作員が指令を果たさなければ、工作員とその家族にも危険が及ぶ。中国共産党政権でも同じだというわけだ。張建敏大使はクベラ氏との会談で、「どうか台湾訪問をやめてほしい。さもなければあなたとあなたの家族だけではなく、私自身も大変になるのだ」と語ったわけだ。

思い出すことがある。国際刑事警察機構(本部リヨン、ICPO)の孟宏偉(65、Meng Hongwei)総裁が2018年10月、突然辞任し、北京に戻った。辞任理由は後日、孟宏偉総裁が検査委員会、国家監察委員会によって取り調べ対象となっているというのだ。同総裁は2019年3月27日、収賄や職権乱用を含む違反行為を行ったとし公職から追放され、党籍剥奪の上で刑事訴追されるというのだ(「中国共産党の国連支配を阻止せよ」2019年6月10日参考)。

同事件は国際機関のトップだったとしても北京の中国共産党政権はいつでも解任でき、拘束できることを示したわけだ。駐チェコの張建敏大使はそのことをよく知っているはずだ。だから、クベラ氏との会見では、自身の進退をかけて台湾訪を止めてくれと嘆願したわけだ。

中国側の圧力にもかかわらず、チェコ議会(上院)は5月23日、上院議員を含む一団の台湾訪問を支持する決議案を圧倒的な賛成多数で可決した。上院議員の1人、マレク・ヒルシャー氏は、「チェコは独立した自由で民主主義的な国であり、外国、特に権威主義的な国から恐喝を受けるべきではない」と述べたという(「大紀元」)。

参考までに、プラハ市のズデニェク・フジブ市長は昨年、チベットへの支持を表明し、中国共産党による台湾政策「一つの中国」を受け入れられないと述べている。そして同年10月、プラハ市は北京市との姉妹都市協定を終了させ、今年1月に台北市と姉妹都市関係を正式に結んでいる。

なお、チェコ国家サイバー情報セキュリティ局(National Cyber and Information Security Agency:NCISA)は2018年12月、通信関連大手ファーウェイ(華為技術)および中興通訊(ZTE)の製品の使用は国家安全保障に脅威を与えると警告。また、チェコ国防省は2019年はじめ、職員に対して、使用中のファーウェイ製スマートフォンに搭載されているアプリ「AirWatch」を削除するようにと通知している(「大紀元」2019年7月25日)。

中欧の小国チェコの対中政策は日本にとっても学ぶ点があるだろう。チェコ政府は中国共産党政権の大国外交に対し、毅然とした姿勢で対応している。その点、同じ旧東欧のハンガリーのオルバン政権とは異なる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。