ハリス上院議員で大丈夫か?

米国で11月3日、大統領選挙の投開票が実施される。注目されていた民主党の大統領候補・バイデン前副大統領の相棒(ランニングメイト)にカマラ・ハリス上院議員が選出されたことで、トランプ大統領(74)とペンス副大統領(61)の現職組に、バイデン前副大統領(77)とハリス上院議員(55)が挑戦することになった。世論調査ではトランプ氏を大きく引き離しているバイデン氏が勝利した場合、ハリス氏は米国初の女性副大統領になるばかりか、次期大統領候補者の最有力者に浮かび上がる。非白人出身で初の女性大統領誕生の可能性を含んでいるわけだ。

▲民主党の副大統領候補に選出されたハリス上院議員(ハリス上院議員公式サイトから)

ハリス氏は17日に開幕する民主党全国大会で正式に指名され、19日に指名受諾演説を行う。ハリス上院議員の副大統領候補の選出については、インド系の母とジャマイカ系の父を両親とする非白人系候補者であり、女性候補者だという点で歓迎する声が多い。年齢的にも77歳のバイデン氏が任期を全うできない場合、大統領に就任する可能性もあるだけに、ハリス氏の動向に注目が集まるわけだ。

検察官を経験し、カリフォルニア州の司法長官を務めたハリス氏の政治家としての能力を評価する声が支配的だ。朝日新聞電子版は12日、「理想的なパートナー」と評価したオバマ前大統領のコメントを大きく報じていた。

一方、トランプ大統領はハリス氏自身が民主党の大統領指名候補争いで撤退したことに言及し、「ハリス氏はとても期待されて出馬したが、出来が良くなかった。バイデン氏の選択は驚きだ」(産経新聞電子版)と述べたというが、ハリス人気が高まることには警戒しているはずだ。

法曹界出身のハリス氏は頭の回転がとびぬけて速いらしい。朝日新聞は「質問の手腕だ。検察官の経験を生かし、公聴会でトランプ政権の閣僚や最高裁判事候補を追及。冷静さを保ちつつ、矢継ぎ早に質問を繰り出し、セッションズ司法長官(当時)が『こんなに早く質問されるとついていけない。緊張する』ともらした」というエピソードを紹介していた。

朝日新聞の「質問の手腕」という箇所を読んで、ハリス氏がメディアの嫌な質問に返答せずに逃げたシーンの動画を思い出した。少し説明する。

米国のテレビ俳優ジャシー・スモレット(Jussie Smollett、36)が昨年1月、2人の男に襲撃され、負傷した。スモレットは警察に通達した。彼の証言によると、2人は彼を殴打しながら、「黒人」「ホモ」など罵声を飛ばし、彼に向かって「Make America Great Again」と叫んだというのだ。

彼は襲撃直後、警察官の事情聴取に、「私は彼らを憎まない。私の愛は憎悪の影響を受けない」と述べたという。このニュースが広がると、スモレットへの同情と共感の声が高まり、犯人が白人でトランプ大統領支持者ではないかという憶測が流れ、民主党を支援する俳優が多いハリウッドでは一躍大きな話題となった。スモレットを支援する声明を発表する俳優も出てきた。彼らにとって、スモレット襲撃事件はトランプ政権を批判する絶好の機会となった(「成長を妨げる『犠牲者メンタリティ』」2019年2月24日参考)。

その件で非白人出身の上院議員のハリス氏もメディアの質問を受けた時、「トランプ大統領の民族主義的な言動が犯罪を誘発した」といった内容のコメントを発し、ここぞといわんばかりにトランプ大統領を批判した1人だ。ハリス氏にとって批判はお手の物だ。

ところが問題が生じた。スモレットを襲った犯人が逮捕され、襲撃が演出だったことが判明、スモレットも偽証罪で逮捕されたのだ。スモレットは、「自分は黒人であり、しかもゲイ(同性愛者)だ。その自分が社会の多数派の白人、それもトランプ支持者に襲撃されたというニュースが流れれば、話題となり、自分の名前は一躍有名になり、ギャラもアップするだろう」と考えたというのだ。残念ながら、彼の計算は水泡に帰し、刑務所送りとなった。

その直後、メディアがハリス氏にスモレット氏の不祥事について意見を聞こうとした時、ハリス氏はその場から姿を消してしまったのだ。スモレットを擁護したばかりか、トランプ氏を酷評したハリス氏にとって都合の悪い展開となったからだ。

ハリス氏は検察官出身であり、相手を糾弾することでは誰もが認める手腕があるが、逆に追及され、守勢に回ると、応答に躊躇してしまうのではないか。ハリス氏は「質問のプロ」かもしれないが、嫌な質問に対して相手を納得させる「応答の名手」ではないのかもしれない。

これはハリス上院議員だけに当てはまるテーマではない。一種の野党精神であり、犠牲者メンタリティにも関連する問題だからだ。犠牲者メンタリティは「われわれは多数派によって迫害され、虐待されてきた。全ての責任は相手側にある」という思考パターンだ。ハリス氏は相手を追及する時は鋭いが、そうでない場合、案外脆さを露呈するのではないか。

高齢で演説も上手くないバイデン氏を補足する上で、若く、非白人出身であり、流ちょうに演説をこなすハリス氏はオバマ氏が言うように「理想的なパートナー」だ。しかし、ハリス氏がバイデン氏と共にホワイトハウス入りするためには、都合の悪い質問に返答を避けているようでは務まらない。

スモレットの件でハリス氏が、「私はスモレット氏の主張を検証せずに信じ、トランプ氏を批判したことは間違いだった。事実の確認を怠った」と検察官出身らしく冷静に、そして正直に謝罪していたならば、ハリス氏の株は上昇したのではないか。米国民は英雄を愛するが、潔い敗北者に対しては決して冷淡ではない国民性だ。スモレット事件の対応を見る限りでは、ハリス氏の副大統領、ひいては大統領の資格にどうしても疑問が出てくるのだ。なぜならば、副大統領(大統領)職には犠牲者メンタリティも野党精神も助けにならないからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年8月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。