男の本懐 大宰相 安倍晋三

日本の大宰相はそのほとんどが戦後直後の復興から大車輪で急成長した時代の方がほとんどです。人気度から見ても吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄といった歴史の教科書に出てくるような人物がずらりと並びます。なぜかといえば時間が経ち、評価が一定してきていることと上に向かっていく経済や社会の流れの中で誰が何をやっても比較的うまくいくという幸運さはあったと思います。

(2020年8月12日 会見する安倍首相 首相官邸HPから:編集部)

(2020年8月12日 会見する安倍首相 首相官邸HPから:編集部)

例えば戦前の首相は軍部との駆け引きが非常に難しく、また、天皇陛下との間に挟まり、誰も首相をやりたがらないという状況に陥り、短命の首相が続出します。唯一長かったのはかつての五摂家の筆頭である近衛家から出た近衛文麿で国民人気にも押され、3期やりましたが東京裁判の直前に自殺というある意味、非業の死を遂げました。

なぜ、近年大宰相が出ないのか、といえば日本が成熟化し、経済成長は低位安定、物価は技術革新も手伝い下落気味という中で超長期的ビジョンから日本人の不安感の台頭があるなのだろうと思います。

例えば若い人は老後の年金は期待できないと当たり前のように口にし、年金を積み立てず、年金受給資格がなかったり、積み立てた金額が少なすぎる状況にあります。挙句の果てに国に文句を言う人があとを絶ちません。例の老後の2000万円の話も結局、自助努力をした者とそうではない者の差から生まれた怨嗟の声にも聞こえます。小金を巡っての骨肉の争いが最近ではすぐに殺人につながるという短絡性も見て取れます。

国際関係を見ても日本が日米安保という明白な枠組みの中、東アジアの隣人たちとの関係をどう築くのか、彼らの経済的台頭とともにより難しい関係となりつつあります。そのために東南アジアやインドとの連携を進めたいという野望もあります。ただ、最終的に日本が何をしたいのか、その位置づけが不明瞭となり、国民同士で一体感を保てなくなります。

当然ながら首相への一般的な評価は厳しくなり、期待度はより高くなっていることが考えられます。だからこそ、麻生さんが首相だった頃、ホテルで酒を飲んで週刊誌に金満ぶりを叩かれたわけですが、あれぐらいの出費はキャバクラ通いしている輩に比べれば大した金額ではないのです。

その中で安倍首相は連続在任7年8カ月となり、8月24日にそれまでの1位だった佐藤栄作氏を抜いて1位となりました。それまで海外では名前すらきちんと覚えてもらえなかった日本の首相がプレゼンスを出し、アメリカ議会で演説し、日米の絆を明白に強化し、広島にオバマ前大統領が来るという歴史的なセットアップもありました。

経済では黒田日銀総裁を起用し、異次元の緩和が行われ、株価は大きく上昇し、為替も安定しました。アベノミクスの評価は割れますが、少なくともそのような目標を出した首相は最近いたでしょうか?

評論家はいくらでも批判するのが商売です。彼らは評価できる面とそうではない部分を上から目線で述べるのですが、今の世の中、すべてを満足させることは1000%無理であります。となれば国民は一定の我慢という覚悟はすべきでしょう。森友とか加計学園、更には桜を見る会問題などがありましたが、今から10年もすればこれらは長期にわたる安倍政権全体からすれば小さな問題だったという位置づけになるとみています。話題になったのは野党やマスコミが必要以上にそれを利用しようとした戦略に国民が乗せられたということかと思います。

この点からしても安倍首相は大宰相であると考えています。文句は誰でもいえます。しかし、日本のため、この難しい時代にこれだけ長期間に渡り、尽くしてきた首相は成熟しつつある日本に於いては特筆すべき功績があったと認めない方がおかしいでしょう。

城山三郎の「男の本懐」という小説では昭和初期、浜口雄幸首相が東京駅で暴漢に襲われ、銃弾に倒れたのち、幣原喜重郎が首相代行をしたもののうまく機能しません。それもあり、体にムチを打って国会に戻った時、与野党から惜しみない拍手が沸いたというシーンがあります。安倍首相の健康状態が懸念されていますが、私は安倍首相こそ、現代版「男の本懐」ではないかと思っています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年8月24日の記事より転載させていただきました。