会長・政治評論家 屋山太郎
“安倍外交”は、日本の国際的地位を高めた。その証拠は米国脱退でも日本が中心となって残り11ヵ国でTPP(環太平洋パートナーシップ)協定をまとめたことだ。多角的な経済協定は主導力を持った国のみが中心になってこそ結べるものである。
「地球を俯瞰する外交」を唱え、小さな国々まで回り、かつての宗主国との関係や財政状況まで頭に入れた。一方で国防に力点を置いて防衛庁を“省”に格上げした。日米安保条約を「結ぶ権利」はあるが「行使はできない」という内閣法制局の解釈を逆転させ、集団的自衛権の限定行使容認に踏み切った。この路線の先には憲法改正があったはずで、後継が有力な菅義偉氏の重い宿題だ。
安倍氏の外交の重心は対中政策だ。加えて米国トランプ大統領の政策の中心は中国潰しである。この20年、中国に親切を尽くして裏切られたと怒っているのがトランプ氏だ。この中国切りの政策は今後、強まることがあっても弱まることはない。こういう事態に安倍氏が備えていたのが「自由で開かれたインド太平洋戦略」だ。具体的には中国に対して南シナ海や東シナ海の私物化は許さないということである。
安倍氏の構想に今ではオーストラリア、ニュージーランド、インドが賛成を示しており、中国が私物化を強行すれば、日、米、印、豪の同盟にまで進む。すでにイギリスもフランスも賛成している。日本の反中路線はすでにはっきりしているが、安倍氏は何故か習近平氏の訪日に熱心だった。接触して説教し、中国をなだめるという思惑だとしたら、中国理解が浅い。
二階俊博氏は歴代最長を務めた幹事長でもあるが、中国との仲良し外交が信念の人である。中国と日本人は同一のアジア系、分かり合えないはずが無いと思っている。こういう考え方は米国人やヨーロッパ人にも多い。「中国を自由市場に入れて豊かにすれば、いずれ民主主義国に代わってくる」と考えて2001年WTOに加盟させた。この20年間、中国は知的財産権を無視し、案件ごとにひそかに「千人計画」を立案し、世界中の秘密を盗み放題盗んだのである。軍事費はこの20年間毎年二桁の伸びで軍事力は世界2位まで上昇した。
中国を近代化した国にしようという目論みは日清戦争時もあったし、戦後の復興も中国手助け論に終始した。天安門事件のあと、いち早く天皇の訪中を実現し、中国を再び近代社会に迎え入れた。
中国は目下、共産主義体制で国を治めているが、中国人の本質は共産主義だろうと、独裁政権だろうと変わらない。中国人民の生き方は一言でいえば「宗族(そうぞく)主義」である。親戚だけしか信用しない社会で「公」の意識は全くない。一族のうち誰かが偉くなると悪いことをしても身内なら許す。許すどころか当然だと思う。この倫理が4000年続いている。法治主義への再教育は無駄な国民なのだ。
(令和2年9月9日付静岡新聞『論壇』より転載)
屋山 太郎(ややま たろう)
1932(昭和7)年、福岡県生まれ。東北大学文学部仏文科卒業。時事通信社に入社後、政治部記者、解説委員兼編集委員などを歴任。1981年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。1987年に退社し、現在政治評論家。著書に『安倍外交で日本は強くなる』など多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年9月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。