自民党総裁選演説会にて菅氏は、「不妊治療の保険適用を実現する」と述べました。先に地銀整理や中小企業再編といった痛みを伴う改革案を述べ、その反論の機先を制して国民が喜ぶ政策を提示するのは、さすがの政治センスといえるでしょう。
(参考)菅氏「不妊治療に保険適用」 自民党総裁選演説会 ― 日本経済新聞(2020年9月8日)
私自身も男性不妊で不妊治療専門病院に通院した経験があります。初めて受診した際、広い待合室に収まりきらない大勢の患者さんがたを見て衝撃を受けました。これほど多くの人が不妊で悩んでいたのか、と。
ご存知の通り不妊治療は保険適応外であるため高額です。不妊の辛さ、金銭的な理由で諦めざるを得ない失望を慮ると、保険適応とする政策は大変人道的だと感じます。
しかし医療行政を知るものとして、果たしてこの政策が少子化解決に役立つのかという議論は必要だと感じています。
不妊症の治療には段階があり、タイミング法や排卵誘発法といった身体的にも金銭的にも負担の少ない方法で解決する場合も多いです。しかしそれで解決できないと、生殖補助医療(体外受精など)が必要になり、高額の医療費が必要になります。
この生殖補助医療が出産に繋がる確率は条件が良くても20%程度です。繰り返し行うことも多く、そのたびに身体的・金銭的負担を被ります。
保険治療になると金銭的負担が大幅に軽減されるので、実施回数はおそらく急増するでしょう。大幅な赤字を抱える医療保険制度はさらに赤字を積み増すことになりますが、それは出産率の向上に見合うものになるでしょうか。
(参考)生殖補助医療の治療成績はどの程度なのですか? ― 日本生殖医学会
そもそも不妊の原因として、男女ともに加齢による影響は大きいです。20代であれば不妊は極めて少ないことも分かっています。
少子化対策ならば、不妊治療が必要とならない若いうちに、なぜ子作りができないのかという部分を考える必要があるのではないでしょうか。
これは政治的には難しい課題ですが、不毛な学歴競争の拡大が、晩婚化と高齢出産に繋がっているとは考えられないでしょうか。次の首相にはぜひ抜群の政治センスを以てして、この難題に取り組んでほしいものです。