欧州会計監査院「中国の投資に警戒」

長谷川 良

欧州会計監査院が10日、公表した「中国投資に関する報告書」(2020年9月10日、EuRH公式サイトから)

欧州連合(EU)にとって中国は米国に次いで2番目の通商相手国だ。中国から欧州市場に落とされる投資の半分以上は中国国営企業からのものだ。彼らは戦略的に重要な分野に巨額の資金を投入する。例えば、インフラ分野だが、中国の投資内容には不透明なものが多く、その全容が掴めない状況だ。

このほど、ルクセンブルク市に本部を置く欧州会計監査院(EuRH)が10日、EU内の中国の国営企業の投資状況に関して分析した報告書を公表した。以下、同報告書の概要を紹介する。

中国は1980年代に入り、欧州域内市場に進出し、活発な投資活動を展開してきた。ただし、EU加盟国からの情報がないために、経済活動の全容が掌握できない状況が続いてきた。

2012年に中国共産党政権のトップに君臨した習近平国家主席が新しいシルクロード構想「一帯一路」をスタートして以来、中国は自国の影響力を拡大する一方、EU諸国でもそのプレゼンスを強めていった。「中国投資に関する報告書」によると、中国企業の投資活動は主に国営企業が実施し、エネルギー、鉄道、湾岸、通信など戦略的に重要な分野に投資してきた。

EuRH文書は「問題は中国の国営企業は北京の共産党政権の管理下にあるため、EU市場の経済規律を無視し、歪めることが多いことだ」と指摘。中国国営企業はEUでは通常の企業に適応される国家補助金や助成金の規制の適応外に置かれていると指摘している。

その上、「中国企業がEU加盟国でどの分野に投資したのか、その内容や規模に関する信頼できる情報がまったくない。加盟国も国益を最優先するから中国企業の投資に関する詳細な情報を提供しない。そのため、EUは共同の対中投資戦略が構築できない」と嘆いている。

具体的には、EU27カ国中15カ国が中国が進める「一帯一路」プロジェクトに関連した投資で北京政府との間で意向書に署名しているが、加盟国は事前に欧州委員会に報告しないことが多い、加盟国は本来、報告が義務付けられているという。

EuRHは中国の投資について「18のリスクと13のチャンス」があると言っている。政治、経済、社会、法体制、環境的リスクなどが挙げられている。また、中国へ先端技術移転を加速することで、EUの競争力を低下させるなどのリスクもある。

一方、利点としては、「一帯一路」の貿易を通じて、海上や空路輸送に代わって鉄道輸送を利用できることから貿易コストを削減できる。域内の雇用拡大や経済成長の促進などが指摘されている。

ここにきて問題として浮上してきた点は、中国のプロジェクトに参加し、北京から投資を受けてきた国の中には、債務返済不能に陥る国が多いことだ。スリランカ、モンゴル、パキスタンで既にみられる。債務返済不能となった場合、中国側の言いなりになってしまう危険性が出てくる。欧州では、イタリア、ハンガリー、ギリシャで中国国営企業は積極的に投資している。その投資事業が破綻した場合、債務返済が出来なくなるといった事態が考えられるわけだ。

習主席が提唱した新しいシルクロード構想「一帯一路」は、東南アジア、西アジア、中東、欧州、アフリカを鉄道、道路、湾岸を建設し、陸路と海路で繋ぐ巨大なプロジェクトで9000億ドルの資金が投入される。欧州では、ハンガリーやギリシャは既に同プロジェクトに参加しているが、イタリアではトリエステ市(同国北東部の湾岸都市)は中国企業の欧州供給拠点となることを目指している。

また、ギリシャ政府は2016年4月、同国最大の湾岸都市ピレウスのコンテナ権益を中国の国営海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却するなど、中国の“債務のワナ”に嵌りかけている(「中国に急傾斜するイタリアの『冒険』」2019年3月11日参考)。

中国は「一帯一路」プロジェクトと「中国製造2025」を通じて経済成長と国としての影響力拡大を狙っている。中国はEU加盟国と西バルカン諸国が所属する「17カ国プラス1」という協力機構を創立している。

一方、EUは2016年、中国の鉄鋼ダンピングを受けて反ダンピング関税引き上げ措置をとり、中国が久しく要求してきた市場経済ステータスの承認を拒否するなど、中国を「パートナーであると同時に、体制的ライバル(systemic rival)」と位置付けてきた。

EU委員会は7月24日、次世代の移動通信システム「5G」の導入に当たり、従来の政策を変更して「EU内で努力すべきだ」と主張している。重要な通信システムを外国企業に委ねてしまっては安全保障上のリスクが大きすぎるという判断からだ。中国企業の直接投資(FDI)に対するスクリーニング制度の導入など、中国の投資への警戒心が欧州に広がってきているわけだ。

EUと中国は14日、オンライン形式で首脳会談を開く、そこでは新型コロナ感染問題から投資協定交渉などが話し合われる予定だ。中国からは習主席が出席、EUはミシェル大統領とフォンデアライエン欧州委員長、そして今年下半期のEU議長国ドイツのメルケル首相が出席する。

それに先立ち、フォンデアライエン委員長は今年6月、「強制的な技術移転の禁止、国家補助金、助成金など国営企業の規則について、中国側の義務履行の意思確認が必要だ」と述べている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。