自民党総裁選で先頭を走る菅官房長官が、フジテレビの番組で「携帯電話料金の値下げが実現しない場合は電波利用料の見直しをやらざるをえない」と発言したが、これは筋が悪い。電波利用料は総務省の(事実上の)特別会計の財源になり、国民には還元されない。大事なことは既存業者の利潤を減らすことではなく、競争を促進することだ。
本丸はテレビ局の占有している「ホワイトスペース」
日本の携帯電話料金が高いのは、電波が社会主義的に割り当てられて寡占状態になっているためで、新規参入を認めれば下がる。その帯域はあいている。私が規制改革推進会議で指摘したように、今のスマホが使っているUHF帯のプラチナバンドと呼ばれる使いやすい帯域は世界的に空いており、割り当てが始まっている。アメリカではT-Mobileが600メガヘルツ帯で5Gのサービスを開始した。
日本でも、全国でプラチナバンドが192メガヘルツ(32チャンネル)も空いているので、親局と子局が同じ周波数で放送すれば電波を区画整理できる。これは今の中継局のチャンネルを変更するだけなので、電波を取り上げる必要はない。テレビ局は今とまったく同じ放送を続けることができる。
次の図は茨城県の例で、たとえば水戸ではNHK教育(E)が13チャンネルを使っているが、隣の高萩では39チャンネルになっている。これは13チャンネルの放送波で水戸から高萩への局間伝送もやっているので、高萩でも13チャンネルで放送すると、水戸と高萩の中間の地域で干渉が起こる可能性があるためだ。
しかし局間伝送を放送波ではなく光ファイバーでやると干渉は起こらないので、図の下のように水戸と高萩は同じチャンネルで放送できる。同様に関東でも、東京スカイツリーと同じチャンネルですべての中継局が放送できるので、32チャンネルのホワイトスペースがあく。
これが地デジのSFNという技術だ。日本の地デジはSFNを想定してつくられたので、干渉は起こらない。局間伝送を光ファイバーにするのはコストがかかるが、電波の価値の1%にも満たない。そのコストは、この電波を新たに使う業者(携帯キャリア)に払わせればいい。総務省も認めたように、神奈川県ではすでに97%がSFNになっている。
割り当てはオークションでやることが望ましいが、美人投票でやっても結果はほとんど変わらないだろう。携帯電話には巨額の資金が必要で、今の3社以外の参入は困難だからである。新規参入した楽天も、帯域が不利なので競争できない。ホワイトスペースの一部は楽天に優先的に割り当ててもいい。
マスコミを動員して電波の有効利用を阻む「新聞業界のドン」
以上は技術的には自明で、規制改革推進会議の席上で総務省はまったく反論できなかった。本質的な問題は技術ではなく政治である。有効利用の最大の障害になっているのは携帯キャリアではなく、40チャンネル占有して7チャンネルしか使っていないテレビ局なのだ。
特に電波利権を仕切っている渡辺恒雄氏(読売新聞主筆)が「電波を取り上げられる」と思い込んで有効利用に反対している。規制改革推進会議の私の発言について読売新聞は、名指しでトンチンカンな批判をした。
実際にはホワイトスペースを使うのはテレビ局ではなくインターネットであり、著作権という大きな参入障壁があるのでテレビとは競合しない。何よりも地上波は斜陽産業なので、これから参入する企業はありえないが、渡辺氏の頭は50年ぐらい前で固まったままだ。
マスコミが業界ぐるみで報道管制を敷くので、日本はOECD諸国の中で唯一オークションをしない国になった。その間に世界の電波はテレビからインターネットに移行し、日本のテレビも携帯電話も国際競争力を失ってしまった。社会主義が資本主義に負けたのと同じだ。
総裁選の3人の候補の中で渡辺氏とわたり合えるのは、菅氏だけだろう。安倍首相は先代からの関係もあって頭が上がらなかったようだが、菅氏は総務相のとき美人投票で無理やりウィルコムに電波を割り当てた腕力もあり、電波にはくわしい。
今回は政治力の弱い携帯キャリアをターゲットにして渡辺氏との対決を避けたようにもみえるが、それでは本質的な問題は解決しない。自民党内で無敵の菅氏が、戦後の自民党の方針を実質的に決めてきた渡辺氏と対決するのは、政治的ゲームとしても見せ場になろう。