「日本モデル」を人の移動の管理にどう応用するか

篠田 英朗

イラストAC

10月から政府が入国制限を緩和するという報道が一斉になされた。私が勤務する東京外国語大学でも、本国出国前・入国時空港でのPCR検査と2週間の自己検疫を前提にして、留学生が渡日し始める。

永遠に鎖国体制をとるべきだと言わんばかりの感情的な拒否反応が広がらないように、政府関係者には、むしろ具体的な対応措置を充実させるための議論を進めていく姿勢を期待したい。

東アジアでは幾つかの国々が新型コロナの封じ込め政策に成果を出しているが、その中核が早期の入国制限策であったことは確かである。台湾は、早くも2019年12月31日に武漢と台湾間の直行便の乗客に機内検疫を行う措置を導入し、1月21日に国内に感染者が見つかると速やかに武漢との団体旅行の往来を禁止し、1月24日にはその対象を中国全土に広げ、2月6日には中国全土からの入国を禁止した。この迅速な措置が、台湾の新型コロナ封じ込めに大きく貢献したことに疑いの余地はない。

同時期の日本でも中国からの入国制限についての議論が沸き起こったが、政府は踏み切れず2月に到着後の14日間の自宅隔離を呼び掛ける中国の対象地域を段階的に広げる程度であった。3月になって欧米諸国が一斉に厳しい渡航制限を導入してから、日本も渡航制限地域を広げ始めた。ただしその後は、ほぼ全世界に対する人の移動の鎖国体制が継続的に実施されている。

入国緩和も早く動く台湾、奇妙な渡航中止勧告の日本

ところが制限をかけるのに遅れた日本が制限緩和も見送り続けている間に、台湾は緩和措置についてもいち早く動いた。6月29日以降、ビジネス、親族訪問、研修、国際会議や展覧会への出席、国際交流事業、ボランティア、布教活動、ワーキングホリデー、青少年交流又は求職等を目的とする外国人の入境を許している。

条件は、台湾の在外事務所に必要書類を提出し、審査を経て特別入境許可を取得し、出発前3日以内にPCR検査を行って陰性証明を取得するとともに、入境後14日間は自宅・指定ホテル等での待機をすることである。

台湾の累積陽性者数は509人、累積死者数7人、4月以降の死者はわずかに1名、陽性者も時折若干名が見つかる程度だ。その台湾が、管理体制を確保したうえで外国人に対して国境を開いているのだ。

これに対して日本はどうだろう。累積陽性者約8万人、死者1,500人以上の日本のほうが、台湾に対して、危険なので渡航してはいけないという「感染症危険レベル3   渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」の措置を維持し続けている。どう考えても奇妙な事態だと言わざるを得ない。

自国にウイルスが入り込むのを防ぐための入国禁止措置には、合理性がある。感染拡大を抑制するためのロックダウンにも合理性があると言っていいだろう。だがすでに新型コロナの流行が確認されてから半年以上の時間がたっている段階の日本で、いたずらに鎖国体制を取り続けることに、何らかの合理性があるのだろうか。少なくとも対応先進国の台湾は、そのような感情的な鎖国論を採用していない。

「日本モデル」路線に軌道修正したヨーロッパ

応用問題は、ヨーロッパである。EUはまず域内の人の移動を回復させたが、7月には日本を含む11カ国からの渡航者に対する制限を解除した。9月になってからの一部地域での新規陽性者の拡大を受けて、地方レベルの感染拡大地域に的を絞った移動制限や営業時間制限などの措置を導入している国が現れてきている。しかし日本からの渡航者に対する制限は解除したままだ。

本来であれば相互主義の原則が適用されるべきところで、ヨーロッパが日本に厚遇策を取り続けているのに対して、日本側は全く冷たい反応をしている。3月ころのヨーロッパでの急速な死者の拡大のイメージが強すぎるのだろう。ヨーロッパは危険だという先入観を多くの人々が持っているようだ。

しかしヨーロッパは、むしろロックダウン後に大きな改善を見せて、被害抑制に成果を見せている地域である。準備不足であったがゆえに混乱した封じ込め政策で医療崩壊を起こした初期対応の状況から脱して、日本と同様に、死者数の抑え込みと、感染拡大の管理を示し続けている。ある意味では、「日本モデル」を評価して、「日本モデル」路線に軌道修正して成果を見せているのが、ヨーロッパである。

ヨーロッパの優等生とされるドイツでは、新規死者数は一桁で、夏以降の感染拡大も微増で抑え込めており、9月22日時点の新規陽性者数(7日移動平均)は約1,700人程度である。興味深いのは、その他のさらに新規陽性者の拡大が顕著な国でも、死者数が抑え込めている点だ。

3月の状況が地獄のように描写されたフランスの状況を見てみよう。夏以降の感染拡大で、すでに新規陽性者数は3月の時点の数を超えている。

しかし死者数を見ると、3月とは全く異なって、抑え込みが図れている。

もちろん最近の陽性者数の拡大の影響が死者数に反映されるには時間がかかるので、死者数ももう少し増加してくることは予測される。しかし3月・4月と比べて違う状況になっていることは明らかである。同じような傾向は、オランダやベルギーなど、周辺の主要国でも確認できる。

現在の欧州諸国の状況は、7月以降の日本の状況と酷似している、と言えるだろう。尾身茂会長や押谷仁教授ら分科会(旧専門家会議)メンバーの落ち着きを反映した日本政府と同様に、3月を上回る新規陽性者数を見て、欧州諸国が導入しているのは、一部地域における飲食店の深夜営業の停止などの細かい措置である。欧州諸国は、「日本モデル」を踏襲しているのである。

新たな仮説の提示より重要なこと

日本では、7月以降の新規陽性者の拡大と死者数の増加が一致しないため、ウイルスが弱毒化した、日本ではすでに集団免疫が成立した、いや時間差が長いだけでいつか必ず死者数も比例的に増加する、などの実証がないままの「仮説」が入り乱れた。

私自身は、3月以降に新型コロナに関する記事等を書いてきているが、科学者の真似事をするつもりはないので、「仮説」については論評したことがない。

だが、少なくとも、新型コロナの特性を洞察したうえでの管理を目指してきた「日本モデル」の意義を否定しなければならない材料はない、とは書いてきた。尾身会長や押谷教授は、国民の英雄と言ってもいい存在なのではないか、と考えていることは告白している。

押谷仁教授(東北大HP)、尾身茂会長(官邸サイト)

死者数の抑え込みにまず必要なのは、新たな「仮説」の提示ではなく、高齢者と疾患者の特別保護であり(施設崩壊と医療崩壊の回避)、三密の回避に象徴される感染拡大の抑制策の導入である。どんなに「仮説」を羅列しても、少なくともこれらの措置の効果を否定することはできない。

欧州は「仮説」を羅列することなく、むしろ「日本モデル」路線を歩む対応策をとっている。そして日本からの渡航者に国境を開いている。

これに対して日本は、口では「インド太平洋」構想においても重要なパートナーだと言いながら、実際には欧州人は地獄の住人たちのように扱い、頼んでも絶対にマスクをすることもしない連中だと信じて、鎖国対象にし続けている。

この政策は、いったいどこまで持続可能なのか。真剣に考える時が来ている。