アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司
周知の如く、中国は「改革・開放」(鄧小平路線)以来、海外貿易をテコに経済発展した。近年では、主に米国との貿易で大幅な貿易黒字を出してきたのである。
ところが、最近、その米政府は「新型コロナ」下、対中強硬政策(制裁を含む)を取るようになった。特に、トランプ政権は、米国経済と中国経済とのデカップリング(切り離し)を狙っている。
今年(2020年)5月23日、習近平主席は政治協商会議と経済界の連合会で、
「国内の大循環を主体とし、国内と国際双循環相互促進の新発展パターンを次第に形成し、新しい情勢の下、中国が国際協力・競争に参与するための新たな優位性を育成する」(『人民日報』2020年5月24日付)
と明言した。
北京政府はグローバル経済依存から脱却を図るべく「(国)内循環」経済(以下、「内循環」)を打ち出したのである。「内循環」とは、原材料から製造に至るまで、中国の消費に必要なすべての商品を国内セクターが提供する。
今後、習近平政権は輸出や投資への依存を減らすため、消費強化をベースに成長を促進する考えだろう(この動きは政府の「14次5カ年計画」<2021-2025年>の焦点となる)。この方策が首尾よく運べば、対外貿易の減少と米国の対中技術封鎖で内需はさらに拡大するかもしれない。
けれども、この「内循環」という新方針は、一種の「鎖国」政策ではないだろうか。実態は「文化大革命」時、「4人組」が唱えていた「自力更生」とほぼ同じである。同工異曲の感は否めない。
もちろん「自力更生」にも良い点はある。
例えば、中国は、米国等への先進技術に頼る(あるいは、盗む)事なく自力開発する。あるいは、グローバル経済から距離を置き、国内中心で経済を成長させる。もし、それが成功すれば、中国は真に豊かになるだろう。
しかし、現実問題として、習近平政権が「自力更生」を行った場合、そう簡単に成長を達成できるだろうか。今後、「内循環」を主体とすれば、当然、輸出量が大幅に減る。成長の3エンジンの一つ、輸出が縮小しても大丈夫なのか。大きな疑問符が付く。
実は、今年9月12日付『大紀元』は「習近平は『内循環』を高く挙げているが、官界や民間では誰も信じていない」という記事を掲載した。その中で、武漢の民間中小企業のオーナー、周引仁は、次のように語っている。
「民間の消費力についてだが、お金がないのに、どう消費するというのか。豚肉は高いし、食べ物なども高い。病院での診察や薬代は高額である。子供の塾代も高い。庶民はお金がないので、節約するしかない」。
また、周は
「農村はもっと哀れだ。子供は都会に出てアルバイトをしながら、飲まず食わず節約して家を買う。他方、農民は苦労して耕作をし、住宅ローンを返済する。また、一部の高齢者は年金がなく、医療費も出せないので、農薬を飲んで自殺する人もいる」
と指摘している。
更に、周はこう続ける。
「中国共産党の官僚制度は人民を裕福にすることはできない。金持ちになった中国の役人は、村の幹部から最上層部まで、すべて腐敗した役人であり、彼らは利益の支配者である。政府は自分達の利益のために人民と争う。そして、法の支配を行わず、公平・公正性に欠ける社会を構築した。警察や公安は腐敗した役人の利益を守るために存在している」。
さて、中国には巨大な“潜在的市場”が存在する。だが、今年5月、李克強首相が暴露したように、およそ14億人の人口のうち、1ヵ月、約1,000元(約15,000円)で暮らす人々が6億人(中国全人口の約43%)もいる。確かに、彼らは、「絶対的貧困」(1日1.9米ドル、1ヵ月57米ドル所得=約6,000円)という訳ではないが、ほとんど購買力を持たないと言っても過言ではない。
一方、1線都市(北京市、上海市、広州市、深圳市等)や2線都市(青島市、廈門市、西安市、寧波市等)には、「中間層」と呼ばれる人達が暮らしている。
一般に、彼らの月収3,000元(約45,000円)~4,000元(約60,000円)位である。この程度の収入では、物価や家賃の高い1線都市・2線都市に住むのは厳しい。それでも、彼らの生活は大半の下層の中国人と比べて“マシ”な方だと言われている。
中国の問題の一つは、貧富の差が非常に大きい点にあるだろう。社会主義とは名ばかりである。
例えば、習近平主席一族は、およそ100兆円(日本の国家予算の相当)の資産を、また、王岐山副国家主席一族は、約30兆円の資産を持つと言われる(ただし、真偽のほどは定かではない)。
このように、社会的に富が偏在するため、下層や「中間層」に属する人々は購買力に欠けるのではないだろうか。
澁谷 司(しぶや つかさ)
1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。元拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年9月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。