トルコでキリスト教会の建設が進む

トルコのエルドアン大統領は欧米メディアを驚かすことが好きな指導者だ。今年7月、イスタンブールで博物館として使用されてきた世界的有名な観光地でもあるアヤソフィアを再びイスラム教礼拝所(モスク)として利用すると発表し、7月24日にはアヤソフィアを訪ね、86年ぶりのイスラム教礼拝に参加している。それだけではない。8月21日にはイスタンブールのチョーラ修道院も今後、イスラム寺院として利用されることが明らかになった。

▲エルドアン大統領とシリア正教会のYusuf Cetin 首座主教、教会建設でゴー(2019年8月3日、バチカンニュース9月25日から)

このコラム欄で報じてきたが、アヤソフィアとチョーラ修道院のイスラム寺院化には、多くの批判が飛び出した。アヤソフィアのイスラム寺院化のニュースが流れると、イスラム教徒から歓喜の声が聞かれる一方、キリスト教会からは、「アヤソフィアは超教派運動のシンボルだった」と嘆く声が聞かれた。メディアはイスラム根本主義傾向の強いエルドアン大統領がトルコのイスラム化をさらに一歩前進させたと報じ、「アヤソフィアはキリスト教とイスラム教間の架け橋であり、共存のシンボルだった」(BBC、7月11日)として、トルコ側の今回の決定を批判的に発信した。

チョーラ修道院の場合でも、ギリシャのカテリーナ・サケラロプル大統領はツイッターで、「チョーラ修道院は著名な教会だ。1958年以来博物館だった同修道院のイスラム寺院化を止めさせるべきだ。そのような決定は扇動行為であり、超教派の対話を阻害するものだ」と指摘している。ギリシャのリナ・メンドー二文化相は、「トルコ側の行動は世界遺産への侮辱だ」と述べたほどだ(「エルドアン大統領の『良き知らせ』は」2020年8月24日参考)。

エルドアン大統領はイスラム教国の盟主を自負し、その信仰姿勢はイスラム根本主義的な「ムスリム同胞団」に近い。クーデター未遂事件後(2016年7月)、反体制派活動に対しては強硬姿勢を貫く一方、米国が中東から撤退した後の政治的空白を利用して、中東全域にその影響力を拡大してきている。すなわち、エルドアン大統領は欧米諸国にとって次第に手ごわい政治家となってきているわけだ。アヤソフィアやチョーラ修道院のイスラム寺院化はそれを裏付けていると受け取られたのは当然だろう。

ところが今度はちょっと違うのだ。イスタンブールのアタテュルク国際空港に近い所ででシリア正教会の教会が建設中で、計画通り進めば来年上半期には完成し、献堂式が行われるというのだ。このニュースが如何に驚きかを理解してほしい。トルコでは共和国建設1923年以来、キリスト教会は建設されていないのだ。シリア正教会の教会建設は昨年初めに認可され、同年8月3日、エルドアン大統領の立ち合いのもと建設が始められた。

バチカンニュースは25日、3枚の写真を掲載して、トルコのキリスト教会建設のニュースを報じている。シリア正教会とはいえ、トルコでキリスト教会の建物が建てられるというのはビックニュースだからだ。教会の建設は高層ビルの建設とは違う。街の社会、文化のシンボルともなるからだ。トルコでは国民の99%がスンニ派のイスラム教徒だ。

新しい教会は700人以上の信者を収容できる広さで、シリア正教のYusuf Cetin 首座主教も入居する予定だ。トルコのメディアによると、シリア正教会の教会建物が迅速に推進されているのはエルドアン大統領の現地の「キリスト教共同体への寛大さ」の表現だという。もう少し穿った見方をすれば、アヤソフィアとチョーラ修道院のイスラム寺院化で高まってきた国際社会の批判をかわす、キリスト教世界へ和解シグナルを送る狙いがあるのではないか。ただし、シリア正教会の教会建設決定は昨年8月だ。アヤソフィアやチョーラ修道院のイスラム寺院化発表前だという点を忘れてはならないだろう。

トルコ側の説明によると、「短絡的な視点に基づく政策ではない」という。トルコにはシリア出身の正教徒がトルコで新しいふるさとを見つけてほしいという配慮があるという。例えば、シリア内戦後、シリアのキリスト信者の居留地でもあったマルディンでキリスト信者の収容所を設置し、約4000人の難民が収容された。マルディンはトルコ南東部のシリア国境部の都市で3世紀、シリアのキリスト信者たちが開発した地域だ。トルコでは現在2万5000人のシリア系キリスト信者がいる。主に、イスタンブール郊外に住んでいる。

ちなみに、シリア正教会は6世紀にシリアで成立した。451年のカルケドン公会議のキリスト論(キリストは神性と人性の2性を有するという説)を否定し、キリスト単性説(受肉したキリストは単一の性だけを有するという説)を主張する。そのため、シリア正教会は非カルケドン派と見なされている。

イスラム教もキリスト教も同じルーツから派生した宗教だから、相違点を探すより、共通点を探すほうが多いのではないか。アヤソフィアが再びキリスト信者にも開放される日が来たとしても驚かない。

特に、アヤソフィアのイスラム寺院化、そして東地中海の天然ガス田の開発問題で、トルコとギリシャ両国関係は険悪な時だけに、シリア正教会の教会建設を良き契機として、両国が関係改善に動き出せば「トルコ初のキリスト教会建設」のニュースは文字通り歴史に残る出来事となるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。