会長・政治評論家 屋山太郎
自民党が憲法改正に挙党態勢で取り組んできた。国家の危機に当たって、日本は危ういところまできた。これまで日米安保条約を米国との間で締結する「権利」はあったが「行使」はできないとの憲法解釈でやってきた。安倍内閣で条約を「締結する権利」もあり「行使もできる」と解釈訂正を行った。その上で、15年「安全保障関連法」を成立させて“並の条約”となった。しかし一方では憲法9条2項に「武力の行使は放棄する」とあるため、共産主義陣営は「非武装」が憲法の趣旨だと強調する。
国際情勢は非武装を許さないほど逼迫している。尖閣が無人か丸腰ならば、今頃とっくに獲られているだろう。中国には台湾や沖縄占領がいとも容易になる。安倍首相は微々たる武装強化しかできなかったが、衆参6回にわたって選挙で大勝している。安倍式考え方の方がいいのか、非武装・中立型の方がいいのか、選択肢をつけて世に問うてみたら良いだろう。
自民党は憲法改正推進本部に高村正彦氏を据えて全派閥の長、党役員を網羅して“憲法改正体制”を準備した。これまでの布陣と比べて極めて本気度が高い。問題は与党の公明党の腰の重さである。選挙結果によっては、自民党は与党分裂も覚悟した方が良い。
野党第1党の立憲民主党は、代表の枝野幸男氏が「安倍が総理のうちは憲法改正はやらない」と豪語してきた。単に憲法改正反対というなら自由だが「安倍が総理の時」と限るのは一人の男についての嫌悪の感情表現でしかなく、国政の基本を動かす基準にならない。枝野氏は、憲法改正は阻止したが選挙は全部負けた。枝野氏の行動は野党勢力の中でかなり批判されており、支持率低下を加速しているのではないか。
国民民主党がこれまでと異なるのは憲法改正を運動の一環として取り上げたことにある。玉木氏は「年内に憲法草案の概要を作りたい」という。憲法調査会長に理論家の山尾志桜里氏を据えた。民主党崩れの政治の中で憲法改正を言い出したのは国民民主党だけだが、旧民主党勢力にどれだけの影響を与えたか。
日本維新の会は当初から憲法改正賛成派。党内審議を毎週開催し、議論を進めるという。
<今のところ改正点について自民党で浮上しているのは、①9条に自衛隊の根拠規定を明記②緊急事態対応 ③参院の合区解消 ④教育充実――の4点。政治的に揉めるとすれば9条に「自衛隊を置く」と明記した上で、2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」を削るかどうかだ。安倍氏は「自衛隊明記」を併記しても良い考えだったが、石破茂氏は削除を主張した。これは政治判断による。
中国の勃興により日本の安全は日本一国のみでは不可能となった。米国一国のみでも困難だ。印・豪を加えたインド・太平洋戦略で中国を囲い込むことが不可欠だ
(2020年10月14日付静岡新聞『論壇』より転載)
屋山 太郎(ややま たろう)
1932(昭和7)年、福岡県生まれ。東北大学文学部仏文科卒業。時事通信社に入社後、政治部記者、解説委員兼編集委員などを歴任。1981年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。1987年に退社し、現在政治評論家。著書に『安倍外交で日本は強くなる』など多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年10月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。