文部科学省が2023年度から段階的に実施すると発表した休日における中学・高校の部活動の地域移行が早くも動き出した(「学校の部活動が内包する搾取構造」参照)。
来年度の概算要求でも「地域運動部活動推進事業」として新規に2億円が要求され、「合理的で効率的な部活動の推進」のために実践研究を実施するとしている。
ここまでは自然な流れなのだが、岐阜県内の県立高校ではこの動きを先取りし、早速モデル校での地域移行がスタートしたという報道を見て、さすがに驚いた。
中学・高校における部活動は教員にとって極めて重い負担であり、採用試験の受験者を減少させる大きな原因にもなっている。これを受け、休日の部活動の地域移行が打ち出されたわけで、方向性としては決して間違っていないし、前述した岐阜の事例も好意的なスタンスで報道されていた。
しかし、たとえ長期的には正しい施策でも、少し手順を間違えれば、教育現場に大混乱を巻き起こす恐れがある。38年と4カ月高校の教壇に立った私の眼には、文部科学省の部活動改革は極めて危険なものとしか映らない。
例えば、「3年後から休日のみを段階的に地域へ以降」と文科省は言うが、だったら平日の勤務時間外に行われている練習は、今後どうするつもりなのか。実際に活動している生徒たちがいるのだから、「将来的には云々」などという悠長なことは言っていられない。
大学進学希望者の多い高校では 7校時めの授業が終わるのが午後4時。そのあと、清掃とショートホームルームがあるので、担任の体が空くのは早くても午後4時半頃だ。一方、勤務終了はたいてい午後4時45分だから、たった15分しか余裕がない。そのほかにもさまざまな仕事を抱えているので、そもそも平日に部活動を指導する時間など皆無で、今までは全員に強制的に顧問が割り振られるから、事実上、時間外労働を強制されることを知りながら、渋々引き受けていたのだ。もちろん、顧問が生徒より先に帰宅する例はあったが、その場合、もし何か事故などがあれば厳しく責任を問われるので、常に不安がつきまとった。
ところが、今回、文部科学省自身が部活動顧問は教員の職務に含まれないと明言してしまった。こうなると、3年後を待たずに部活動顧問を拒否する教員が続出するのは当然の成り行きで、実際にSNS上ではそれを高らかに宣言する例がすでに頻出している。
私が今、危惧しているのはこの点である。文部科学省が掲げる「部活動の地域移行」が本格的に始まるのは2023度で、しかも休日のみという限定がついている。もしその 2年前に部活動の全員顧問制度の崩壊が始まれば、学校現場で何が起きるか。
もちろん、岐阜県のように文部科学省の方針を先取りし、地域との連携を強化して、人材の不足を補う自治体、あるいは学校も出てくるだろう。それが最も望ましい方向だが、あと数カ月で準備が間に合うケースはごくわずかで、多くの中学・高校では極めて深刻な顧問不足に陥るはずだ。
その場合、最も安易な解決策は弱い立場の教員に部活顧問を無理やり押しつけることで、真っ先に管理職に狙われるのは新採用教員、他校から転入者、そして、再任用教員である。
このうち、再任用教員については、退職時の学校で勤務するのを原則にしている自治体もあり、そういうところでは被害が出づらいだろうが、例えば、私が教員生活を送った福島県では定年退職後の継続雇用制度が定められているにもかかわらず、県教委自身が「そんなものは単なる原則に過ぎない。全員を雇用するとは限らない」と公言し、再任用希望者を対象に「教務主任をやれと言われたら、できますか」「部活動の顧問は何でもできますか」などという脅迫まがいの面接試験が行なわれている。そこで言質を取られれば、無理やり運動部の正顧問を押しつけても拒否しづらい。若い頃とは違うのだから、健康を害することが大いに懸念される。
さらに悲惨なのは新採用教員で、そもそも研修などで多忙なところへ誰もが嫌がるような部の主顧問を押しつけられたのでは能力の限界を超えてしまう。心を病んだりして、早期に離職する例が出るに違いない。
そして、もう一つの大きな問題は次年度の校務分掌の原案を作成する教頭の負担が増加することだ。今だって大変な仕事だが、今後は「部活顧問は全員に割り振っているのだから、あなただけ例外にはできない」という最後の殺し文句が使えなくなってしまう。
そもそも希望者が激減し、神戸市のように管理職登用試験を廃止してしまった自治体まであるのに、さらなる超難題が降ってきたら、誰だって教頭になるのをためらうだろう。
では、一体どうすればいいのか。私の主張は明快である。前にも述べた通り、あまりにも異常な状態の現在の部活動の方を先に正常化させるべきなのだ(『部活動を正常化するための三条件』参照)。
スポーツ庁が示したガイドラインを遵守し、週に 2日の休みを確実に取れば、顧問の負担は現在よりも大幅に低下するし、部活動への強制加入制を廃止すれば人気のない部は淘汰され、必要とされる顧問の人数も必然的に減少する。
本来はそのような改善策を先行させるべきだったのに、文部科学省はそこには手をつけないまま、新たな矛盾をすべて現場に押しつけ、「部活動の地域化」に踏み出してしまった。
この問題について手当てできるのは、今が最後のチャンスである。学校現場での混乱を最小限に抑えるため、文部科学省は自らの誤りを認め、今すぐ方針を転換すべきだ。