中欧のチェコで夏季休暇明けから新型コロナウイルスの新規感染者が爆発的に増加。人口1070万人の同国で16日、過去24時間の新型コロナウイルスの新規感染者数が初めて1万人を超えた。新規感染者数はその後も上昇し、21日には1万1984人になった。感染者累計は約19万4000人、人口10万人当たりの新規感染者数は欧州トップ。死者数は1600人を超えている。
同国のプリムラ保健相は21日、「明日(22日)から第2のロックダウン(都市封鎖)を実施する」と発表した。期限は一応来月3日まで。3月の第1封鎖と同様、不要不急の外出は禁止される。食料品の買い物、職場に行く時、病院に通う時だけ外出が出来る。夫婦が健康維持のために短時間散歩することは認められている。全ての営業は閉鎖され、食料品店、薬局、医療関連施設だけがオープン。
チェコ政府は10月12日、新型コロナウイルス感染拡大防止のための法律に基づき、公共の場の飲酒、飲食店の営業などを禁止する措置を導入したばかりだ。それでも新規感染者の増加をストップできない為、今回、同国全土を対象とした第2のロックダウンの実施となった。
アンドレイ・バビシュ首相は21日、「残念ながら、現在の感染急増をストップさせるためにはロックダウンしかない」と国民に理解を求めている。同首相は現在の感染急増現象について、「狂ったように増え続けている」と表現しているほどだ。チェコは第1波の新型コロナ感染ではいち早くマスクの着用を実施するなど、イスラエルなどと共に短期間に感染を抑えることに成功し、欧州でも新型コロナ対策では高く評価されてきた経緯がある。
同国のミロシュ・ゼマン大統領は16日、国民に向けてTV演説をし、「どうか感染防止の規制を遵守してほしい。マスクは目下、われわれが新型コロナに対抗できる唯一の武器だ。ワクチンができるまではこの小さな布がわれわれの防御だ」と述べる一方、国内で流布する噂などに惑わされないように警告を発している。
興味深い点は、ゼマン大統領のマスクへの絶対的信頼発言ではない。国内に流れ出した噂や根拠のない憶測に惑わされないように国民に注意を促した点だ。新型コロナが欧州で感染し出した時、新型コロナに感染した国民に冷たい視線や特には攻撃が見られた。そのため、感染したことを隣人や知人に隠すといった現象が見られた。政治家や著名人が新型コロナに感染したニュースが頻繁に流れる一方、感染者が増加することで、コロナ・フォビアが減少してきたが、まだ皆無ではない。感染していない国民にとって、感染者は接触を避けなければならない危険人物という点では変わらないからだ。
それだけではない。誰かが意図的にウイルスを広げている、といった類の憶測情報が流れ出していることだ。関東大震災(1923年)の時を思い出してほしい。震災後の混乱の中、朝鮮人が井戸に毒を流したといった噂が流れ、全く無関係の朝鮮人が多数、日本人から攻撃され、犠牲となった。自然災害でもそうだ。ましてや正体不明のウイルス(直径100から200ナノメートル)が相手だ。いつ、どこで感染するか誰も予想できない。だから根拠のない憶測が流れやすい状況がある。
ゼマン大統領が国民向けの演説で「憶測情報には気を付けるように」と発言したのにはそれなりの根拠がある。すなわち、国内で既に憶測情報が流れているからだ。例えば、誰かが意図的にウイルスを放出し、感染者を増やしているといった情報だ。
チェコでは中国武漢発新型コロナ感染が発生して以来、国内で反中傾向が見られる。特に、同国のミロシュ・ビストルチル上院議長が8月末から9月5日にかけ台湾を訪問し、中国から激しい批判だけではなく経済制裁を受けた。
在チェコの張建敏中国大使は「必ず報復する」と勇ましく強迫した直後だ。台湾から招請されたヤロスラフ・クベラ前上院議長が不審な急死を遂げている。それらの内容は同国メディアを通じて国民に知らされている。だから、「新型コロナ感染急増の背後にはひょっとしたら…」といった類の憶測が生まれてくるわけだ(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日参考)。
ちなみに、ゼマン大統領は元共産党幹部であり、親ロシア、親中国派で、今回の上院議長の台湾訪問でも、行くべきではないと警告を発した最初の政治家だ。同大統領の「憶測情報に気を付けよ」は中国側からの依頼に基づく可能性は排除できない。
憶測情報は、過去に起きた様々な「点」と「点」が結び付き、そこで浮かび上がってくる「線」をもとに、一見、もっともらしく考えられる情報だ。憶測情報の場合、その結論を裏付ける決定的な証拠が欠けている。それ故に、根拠のない情報ということになる。憶測情報が後日、事実だったということが判明することもあるが、多くは時間の経過と共に消滅していく。
新型コロナの新規感染者が急増する欧州では、政府が実施する感染規制に対して一部国民から強い反発が起きている。チェコでは規制反対派のデモが警察隊と衝突し、警察側に負傷者が出るという不祥事が報告されている。ドイツでも規制反対の抗議デモが起きている。
我々は新型コロナ感染に要注意だが、同時に、国民を煽る情報、憶測情報などにも警戒する必要がある。憶測情報は国民が感じている「不安」にそっと囁きかけてくるからだ。多くの人は「不安」を追っ払うためにその憶測に飛びつき易くなる、というわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。