フランスのマクロン大統領は9月1日、訪問先のレバノンでの記者会見で、「(わが国には)冒涜する権利がある」と強調した。パリの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことから、イスラム過激派テロの襲撃テロを誘発したことに言及し、フランスには冒涜する権利があると弁明した(「人には『冒涜する自由』があるか」2020年9月5日参考)。
そのフランスの、それも冒涜する権利があると主張したマクロン大統領に対し、トルコのエルドアン大統領は24日、同国中部のカイセリで党支持者を前に、「彼(マクロン大統領)は今、何をしてるのか知っているのだろうか。世界のイスラム教徒を侮辱し、イスラム分離主義として酷評し、イスラム教を迫害している。彼は宗教の自由を理解していない」と指摘し、「彼は精神的治療を受ける必要がある」と罵倒したのだ。
それに対し、パリの大統領府は、「国家元首に対するエルドアン大統領の発言は絶対に甘受できない。無礼だ。われわれは侮辱を受け入れることができない」と反発し、駐アンカラのフランス大使を帰国させた。
エルドアン大統領の発言はマクロン大統領に向かっているが、フランスへの冒涜と受け取られ、フランス側が激怒し、大使を帰国させた外交対応は理解できるが、冒涜されたマクロン大統領は先月初め、「冒涜する権利がある」と述べた張本人だ。その大統領が今回、他国から侮辱を受けたわけだ。
マクロン大統領の「冒涜する権利」とはフランス国民だけが享受している権利であり、他国がフランスの「大統領」を侮辱し、それを通じてフランスの「国家」を冒涜すれば、許さないというのだろうか。
通常の論理に従うならば、冒涜する権利があるならば、相手側にもその権利を保証しなければならない。それともマクロン大統領の「冒涜する権利」とは植民地大国だったフランスの特権とでもいうのだろうか。
フランスとトルコはここ数年、関係が悪化している。シリア内戦、リビア紛争、そして最近では東地中海の天然ガス田開発問題などで対立してきた。アゼルバイジャンとアルメニア間の紛争でもトルコは前者を支援し、フランスは後者を援助するといった具合で、両国の国益、外交路線が至る所で衝突している。
ところで、両国は北西洋条約機構(NATO)の加盟国だ。本来、加盟国はいざとなれば相互支援するのが建前だが、両国は目下、対立しているのだ。東地中海の天然ガス田開発ではフランスはギリシャとキプロスを支援し、海軍を動員してトルコを牽制している。NATO同盟国が軍事衝突する事態すら考えられる状況だ。
現行の両国関係を考えれば、エルドアン大統領の発言が誘発した「冒涜」問題も、決して「冒涜の権利云々」といった哲学的な問題ではなく、両国の外交衝突の延長線に過ぎないかもしれない。両国の国益が一致すればマクロン大統領もエルドアン大統領も何もなかったように笑顔を見せて握手するかもしれない。ひょっとしたら、政治の世界ではそうなのかもしれない。
問題は、イスラム過激派テロ問題では、マクロン大統領のパフォーマンスが目立ちすぎるのだ。イスラム過激派の分離主義への戦いを呼び掛け、今回のテロの犠牲者、中学校の歴史教師サミュエル・パティさんに「言論の自由」を死守したとして勲章を授与し、国葬を挙行するなど、イスラム過激派テロへの怒りを政治的に利用している。エルドアン大統領がイスラム・フォビアというのも一理はある。
叩かれない限り、叩かれた時の痛みは理解できない。同じように、侮辱されたり、冒涜される立場に立たない限り、侮辱や冒涜を受けた悔しさ、怒りは理解できないだろう。マクロン氏の場合、エルドアン大統領から精神病患者扱いされたわけだから、マクロン氏が怒っても当然だが、同じように、イスラム教徒も冒涜されれば、敬虔な信者でさえ強い反発と怒りが湧いてくるはずだ。
マクロン大統領は本来、国内のイスラム教への冒涜行為に対して、「それは止めるべきだ」と警告を発すべきだった。パリの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」の風刺画を学校の教材として利用することは行き過ぎだ。火に油を注ぐような行為だ。
フランス国内に居住する500万人以上のイスラム教徒を敵に回すのではなく、イスラム過激派の分離主義に対して共同戦線を張って戦うべきではないか。「冒涜する権利」発言は逆効果どころか、イスラム過激テロを助長することにもなる。
エルドアン大統領の政治スタイルに対して欧米では批判の声が多い。「言論の自由」問題でも強硬姿勢が目立つ。だからといって、マクロン氏が欧米メディアを通じてエルドアン大統領批判を強めるようなことは止めるべきだ。マクロン大統領はエルドアン大統領の発言に冷静に対応すべきだ。双方にとって戦うべき相手(敵)はイスラム過激派テロ勢力だからだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。