岸田首相が「マイナポイントを給付金に使ってはどうか」という公明党の提案に「検討する」と答えたので、それを提案した2020年11月3日の記事を再掲します。
政府は年内にも10~15兆円の第3次補正予算を組む見通しだが、GoToのような裁量的補助金は政治的ゆがみが大きいので、これ以上やるべきではない。特別定額給付金10万円のような直接給付が望ましいが、これは麻生財務相のいうようにほとんど貯蓄に回り、貯蓄率は45%にのぼる。
現状ではまだ大きな需給ギャップがあるので追加給付が必要だが、これも貯蓄されては意味がない。それを消費に回すしくみとして、永江さんの提案したマイナポイントを使う給付金という案はおもしろいと思う。
今のマイナポイントは5000円で来年3月までだが、これを使って全国民に(たとえば)毎月5000円のポイントを出せばいい。有効期限を1年とすると、これは年間6万円の期限つき定期給付金を出し、毎月8%のマイナス金利をつけるのと同じである。ポイントを放置すると消えてしまうので、これは消費に回るだろう(ポイントの額や期限は電子的に変更できる)。
今マイナンバーカードをもっている人は国民の20%程度だが、年間6万円もらえるなら、多くの人がマイナンバーカードをもってポイントを申請するだろう(代行業者も多い)。大金持ちは6万円ぐらいの金のために面倒なマイナポイントを申請しないだろうが、これは必要な人だけに支給する自己選択メカニズムになる。
財源は最大7.5兆円必要だが、2次補正の予備費は7兆円残っている。マクロ経済的には(経常収支に変化がないとすると)「貯蓄超過=財政赤字」だから、貯蓄率が45%もあればこの程度の財政赤字は十分吸収できるので、すべて国債で調達し、日銀が買い取ればいい。
ヘリコプターマネーは止められるか
このように銀行貸し出しを通さないで直接給付するヘリコプターマネーの提案はフリードマンの時代からあり、最近ではターナーが提案している。これはそれほど奇抜な政策ではなく、銀行を通じた金融政策がきかなくなった時代には合理的な財政政策である。
ただルールなしにアドホックに出すのは危険だ。財政規律が失われたと市場が判断すると金利が上がり、それを防ぐために日銀が国債を買うとマネーが市場に出てインフレになり、名目金利が上がる…というスパイラルに入るおそれがあるからだ。
しかし物価と金利が際限なく上がるとは限らない。それは短期的にはコントロール可能だ、というのがWoodford-Xieのシミュレーションである。最近FRBがインフレ目標のオーバーシュートを認めたのも、過剰なインフレ懸念で不況が長期化することを防ぐためだろう。
ただしこれは緊急事態の政策なので、インフレになったら支給額を減らし、機動的にやめるルールが必要だ。その歯止めとして、フィッシャーの提案のように中央銀行を使ってはどうだろうか。
政府はインフレが起こるまでマイナポイントで直接給付を続け、日銀はその財源となる国債を買い取ってゼロ金利を維持する。インフレ率が2%を超えたら、日銀が国債の買い取りをやめて政策金利を引き上げる。インフレ率は将来のインフレ予想で決まるので金利操作でただちに止まるとは限らないが、多少オーバーシュートしてもかまわない。
マイナンバーカードを使った「小型ベーシックインカム」
ブランシャールも指摘するように、自然利子率がマイナスの日本経済で高インフレを心配する必要はないが、これは長期金利<名目成長率の場合(動学的に非効率な状態)に限られる。経済が正常化して「金利>成長率」になったら撤退しなければならないが、日銀には財政支出を止める権限がない。ロゴフは「ヘリマネは後戻りできない危険なギャンブルだ」と批判している。
しかしこのまま大幅な貯蓄超過と需要不足が続くことも危険である。需給ギャップを埋める政策として、期限つき貨幣という発想も100年以上前からあった(ケインズも推奨した)が、技術的に不可能だった。それが電子マネーの普及で可能になったのだ。
最大のリスクは「財政のフリーランチ」が政治家にバラマキのインセンティブを与え、際限なくヘリコプターを飛ばして財政支出を増やすことだ。日本では財務省の緊縮財政バイアスが強いのでそれほど心配はないと思うが、金利上昇(国債の暴落)が始まったらどうなるかはわからない。
今はコロナ不況という大義名分もあるので、とりあえず3次補正でマイナポイントを来年4月から毎月5000円(期限は1年間)出し、そのとき法律で支給額の上限と期限は日銀政策委員会が決定すると歯止めをかければいい。
これは給付つき税額控除(小規模なベーシックインカム)にもなるが、最大の障害は予算編成権を一部奪われる財務省の抵抗だろう。菅政権が指導力を発揮して財務省と日銀の協定を結び、財政と金融の協調を実現してはどうだろうか。