メディアの常軌逸した反トランプ報道

長谷川 良

米大統領選挙は挑戦者のジョー・バイデン氏が「勝利宣言」をしたことで選挙人の過半数(270人)を争う戦いは一山越えたが、現職のドナルド・トランプ大統領が「戦いはまだ終わっていない」という立場を崩していない以上、大統領選は郵便投票の是非や不正な集計問題などの法廷闘争へと戦場を移す。

▲第46代米国大統領を待つホワイトハウス(写真AC:編集部)

▲第46代米国大統領を待つホワイトハウス(写真AC:編集部)

米大統領選をフォローしていると、米国の主要メディアがトランプ大統領就任以来、4年間余り、常に反トランプ路線を走り、ファクトチェッキングといった名目で現職大統領を冷笑し、誹謗してきたことに驚きすら覚えた。現職大統領への尊敬心はまったくないのだ。「トランプ氏がホワイトハウス入りしてから、米国社会は二分した」といわれるが、その責任はメディアの一方的な報道姿勢にもあったと言わざるを得ない。

「勝利宣言」したバイデン氏は、「私は米国大統領だ。国の統合のために努力する」と述べたが、メディアの支援を受けて有利に選挙戦を戦ってきたバイデン氏にとって、二分化した米国社会の統合は決して容易な課題ではないだろう。なぜならば、バイデン氏を含む民主党は社会の二分化を恣意的に操作し、反トランプ旋風を巻き起こしてきた責任の一端を担うからだ。

選挙戦はあらゆる手段が駆使されるから、クリーンな選挙はもともと少ない。特に、現職と挑戦者が拮抗している時はそうだ。その際、メディアは大きな武器だ。メディアを取り込むことに成功した側が選挙戦を有利に展開できるのは当然だ。

米大統領戦は74歳の現職と77歳の挑戦者といった高齢者の戦いとなった。トランプ氏にとって不幸なことは、国民経済が伸び出してきた矢先、中国武漢発の新型コロナウイルス(covid-19)の感染拡大問題が沸き上がり、その対策に振り回されて、経済成長にストップがかかったことだ。感染問題がなければ、トランプ氏は復興してきた国民経済を背景に、現職の強みを発揮して有利に選挙戦を戦えたはずだ。

メディアはトランプ氏の新型コロナ対策の無策を指摘し、防疫対策を軽視したとして批判してきた。23万7000人以上の国民の命を失った米国だから、指導者の責任は看過できないが、新型コロナ対策では米国だけではない、程度の差こそあれ、世界中の為政者たちは苦境に瀕している。

バイデン氏は自宅の地下室に籠り、選挙戦を展開し、マスクを常に離さなかった。一方、マスクなしのトランプ氏の姿が世界中に流れた(「地下室に籠るバイデン氏の『勝算』は」2020年7月30日参考)。

今年に入り、警察官による黒人窒息死事件が起き、ブラック・ライヴズ・マター運動(BLM)という人種差別抗議デモ運動が米全土を覆った。ここでも民主党は運動を支援し、トランプ氏を白人主義者と批判し、「警察官」対「黒人」という対立構図を立ち上げ、強権を駆使して黒人を弾圧する大統領といったイメージを創り上げていった。メディアはそれを助けた。

民主党は黒人や少数民族系の国民の犠牲者メンタリティを克服するように助言するのではなく、それを煽ってきた。なぜなら、黒人は民主党の支持基盤だからだ。だから、黒人と警察の間で問題が生じるたびに、民主党はメディアを駆使して警察を批判してきた。その際、トランプ氏は常に少数民族を強権で迫害する張本人と受け取られてきた(「成長を妨げる『犠牲者メンタリティー』」2019年2月24日参考)。

当方は先月、ドイツのZDF放送でトランプ氏とバイデン氏の生い立ちを報じた1時間半余りのドキュメンタリー番組を観た、番組では、29歳で当時最年少で上院に当選したバイデン氏を紹介し、妻と娘を交通事故で失い、後日、期待していた長男をも病気で失ったバイデン氏の苦労人としての側面をヒューマンタッチで描いていた一方、トランプ氏の場合、父親から厳しく咤され、敗北することを絶対に許されず、「勝つためにはあらゆる手段を駆使すべきだ」という父親の強烈な教えを受けてきたと報じるなど、その特殊な生い立ちを紹介していた。

ちなみに、独週刊誌シュピーゲル(2019年10月12日号)はバイデン氏を「米国のヨブ※」と呼んでいた。欧米の主要メディアは過去4年間、「トランプ氏は民主主義を破壊する独裁的な指導者」であり、「バイデン氏は吃音症を克服し、家庭での不幸を乗り越えてきた政治家」といった視点から一歩も出ることがなかった。欧米メディアの“トランプ悪し”のトーンは常軌を逸していた(「人は『運命』に操られているのか」2019年10月20日参考)。

メディアが忘れている点は、トランプ氏は有権者に語った公約を重視し、その実現に心を配ってきた大統領だったという事実だ。当選すれば、多くの政治家は選挙戦で有権者に語ってきた公約を忘れてしまうが、トランプ氏はそうではなかった。もちろん、トランプ氏の公約の中には、対メキシコ国境沿いの壁の建設も含まれているため、批判を受けた。

トランプ氏がバイデン氏との最後のTV討論でバイデン氏に、「あなたは8年間、米副大統領としてホワイトハウスにいた。あなたは私を非難するが、それではなぜ今あなたが語ったアイデアを実行しなかったのか。あなたには十分時間があったはずだ」と指摘し、政治家として大ベテランのバイデン氏の有言無実行を批判すると、バイデン氏は、「私は当時大統領ではなく、副大統領だったので…」と弁解するのが精一杯だった。

来年1月20日には新大統領の就任宣誓式が行われる。それまでに米大統領選は完全に幕を閉じ、米国が新しい指導者のもとで再出発ができることを期待する。世界は新型コロナ問題、中国の覇権主義などの挑戦に対峙している。米国は国内に多くの問題を抱えているが、大国に相応しい役割を果たすことが願われている。

※ヨブ=聖書ヨブ記に登場する人物。子供たちと財産を奪われ、自身も病にかかるという試練を乗り越えた人物。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。