「アンチ・テロ・パッケージ」

ウィーン市中心部の1区でイスラム過激派テロリストによる銃撃テロ事件が発生して12日で10日目を迎えた。犠牲者4人、重軽傷者23人を出した銃撃テロ事件はオーストリア国民に大きな衝撃を与えた。同時に、事件の捜査が進むにつれて、「事件は回避できたはずだ」という声が高まってきた。以下は、ウィーン銃撃テロ事件10日目の総括だ。

▲ウィーン銃撃テロ事件の犯人を射殺した特別部隊WEGAの2人に勲章を授与するクルツ首相とネハンマー内相(2020年11月5日、オーストリア内務省公式サイトから)

20歳の犯人のプロフィールが明らかになってきた。ウィーン生まれで両親は北マケドニア系だ。16区の工業専門学校に通っていたが、途中で退学した。2018年、シリアでイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)に合流するためトルコに入ったが拘束され、昨年1月にオーストリアに強制送還された。同年4月、テロ関連法違反で1年10カ月の禁錮刑を受けたが、同年12月に早期出所している。理由は、刑務所内での更生プロジェクトに積極的に参加し、「イスラム過激主義から決別した」と判断されたからだという。

出所した犯人が更生支援グループの助けで住居の提供を受け、一定の経済支援を受けて生活していた。犯人がその牙を剥き出すのは今年7月だ。ドイツとスイスから来た4人のイスラム過激派と合流、ウィーン22区の犯人自宅で会合している。その直後、弾薬を購入するためにスロバキアへ行ったが、武器所有パスを持っていなかったために失敗。そして11月2日夜の銃撃テロとなる。犯人はオーストリア内務省所属の特別部隊WEGAによって射殺された。

銃撃テロ事件は少なくとも2回、事前に逮捕できるチャンスがあったことはこのコラムで報告済みだ。先ず、独連邦憲法擁護庁(BfV)が監視している2人のイスラム過激派がウィーンを訪問し、犯人と会ったという情報をオーストリア内務省の「連邦憲法擁護・テロ対策局」(BVT)はBfVから受け取ったが、司法省に通達せず、具体的な対応を行っていない。そしてスロバキア内務省から犯人が銃の弾薬を購入しようとしたという報告を受けたが、この時もBVTは司法省にも通達してない。また、スイス内務省からも同国の2人のイスラム過激派がウィーンで犯人と会ったという情報が届いていた。

上記を見る限り、オーストリア側は今年7月の段階で、早期出所した犯人を再逮捕して取り締まるべきだったが、犯人は自由の身で自宅で2日のテロ計画の準備ができた。20歳のテロリストはドイツ、スイスなどのイスラム過激派と接触していたわけだ。事件は単独犯行だったが、その背後にイスラム過激派ネットワークがあったことが明らかになってきた。

テロ (Tero Vesalainen / iStock)

オーストリア側は犯人を監視していたと弁解するが、事件が起きるまで具体的には何も行っていない。事件後、ウィーン銃撃テロ事件の責任を取って、ウィーン市憲法擁護、テロ対策局(LVT)の責任者が辞任したが、野党からはネハンマー内相の辞任要求が出ている。いずれにしても、事件の全容を解明するために調査委員会が設置され、責任問題も協議される予定だ。

クルツ政権の「その後」の対応は以下の通りだ。

①6日、犯人がコンタクトしていた12区と16区の2カ所のイスラム寺院、文化センターの閉鎖命令を下した。同寺院はイマーム(イスラム指導者)が信者たちに過激な説教をしている寺院として有名だった。 ラーブ統合担当相は閉鎖について記者会見で、「宗教の自由を制限するものではない。政治的、過激なイスラム教の拠点となっていたからだ」と説明している。

②9日早朝、BVT、LVTらから約930人の捜査部隊が動員され、ウィーン市(特別州)、シュタイアーマルク州、ケルンテン州、ニーダーエストライヒ州の4州でイスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」とパレスチナ人のイスラム根本主義組織「ハマス」の60カ所の拠点、住居、店舗、事務所への一斉捜査が実施された。容疑はテロ活動への資金支援やマネーロンダリング(資金洗浄)の疑いで、30人を拘束した。グラーツ市検察当局は「今回の大規模な捜査はウィーン銃撃テロ事件とは直接関係がない。長期間の監視の結果だ」と説明している。

ネハンマー内相は、「ムスリム同胞団は非常に危険なグループだ、彼らは民主主義の破壊を狙っている」と述べている、ちなみに「ムスリム同胞団」については、テロ組織とみるかどうかで欧米ではコンセンサスがない。例えば、トルコのエルドアン大統領は「ムスリム同胞団」の影の指導者だという情報がある。

③クルツ首相とネハンマー内相は11日、「アンチ・テロ・パッケージ」(Anti-Terror-Paket)を発表し、従来のテロ対策で欠落していた部分を強化し、イスラム過激派の壊滅に乗り出す方針を明らかにした。例えば、刑務所から出所したイスラム過激派に対してGPS監視用電子装置の足輪(アンクレット)の導入、イスラム過激派の2重国籍の廃止、テロ担当検察官の設置、テロ関連法で有罪判決を受けたイスラム過激派には自動車免許の禁止、武器所持禁止、テロ対策での関係省、部門間の情報交換の促進などが挙げられている。12月には国民議会で審議を重ねて法制化される予定だ。

クルツ首相によれば、オーストリアには、これまで約300人のイスラム過激派がシリアやイラクでテロ組織に入り、戦闘に参加した通称「外国人テロ戦闘員」がいたが、その半数は戦闘で死亡したり、まだ戦闘を続けている。残りはオーストリアに戻ってきた。帰国したイスラム過激派の一部は拘留中だが、今回のテロ事件の犯人にように刑期を終えて自由の身となった者もいる。

<参考>
第2ロックダウンと銃撃テロ事件」2020年11月4日
20歳のテロリストの『9分間の戦い』」2020年11月5日
ウィーン銃撃テロ事件は避けられた」2020年11月6日
イスラム過激派テロ事件と『勲章』」2020年11月8日


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。