北国連大使の“奇妙な”IAEA批判、IAEA復帰が米国との交渉切り札か

ウィ―ンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は11日(現地時間)、国連総会での演説で北朝鮮の核開発計画に懸念を表明した。同事務局長は、「北の核計画は明らかに国連安保理決議、IAEA理事会決議に反している。核拡散防止条約(NPT)の核保障措置協定を順守し、IAEAと協力すべきだ」と語ったという。

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▲北朝鮮使節団と協議するIAEA査察関係者(1990年代、ウィーンのIAEA本部で撮影)

 

▲在オーストリア大使として赴任した対米交渉のエキスパート、崔ガンイル北朝鮮大使(2020年6月3日、オーストリア連邦大統領府公式サイトから)

ここまでは毎年聞く内容であり、通常、その程度の内容は記事にもならないが、それに対し、北朝鮮の金星国連大使がかみつき、「IAEAは欧米の政治的道具に過ぎない」と強く反発したというのだ。繰り返すが、グロッシ事務局長の発言内容は新しいものではなく、10年以上、IAEA事務局長を務めた天野之弥氏が国連総会、IAEA理事会などで繰り返し語ってきた内容だ。

アルゼンチン出身のグロッシ事務局長を批判するために言うのではない。北朝鮮が2009年にIAEAから脱退して以来、北朝鮮内の核関連施設への査察検証が実施できない以上、IAEAの独自情報は皆無だ。米国の監視衛星から発信される寧辺核施設エリア周辺の衛星写真情報だけだ。天野事務局長時代の2017年8月、IAEAは査察局内に北朝鮮核問題検証専属チームを発足させたが、実際は何もできない状況が続いてきた。

問題は、グロッシ事務局長の国連総会に提出された「北朝鮮核関連報告書」に対して、北側が激怒し、IAEAを非難したことだ。これまでの北朝鮮はIAEA事務局長の理事会報告や北核報告書に対して無視してきた。それが今回、IAEAを「西側の政治道具に過ぎない」とこき下ろした。なぜか。

新型コロナウイルス関連情報の洪水で憂鬱になっている読者のために、久しぶりに北朝鮮の奇妙な反応について共に考えてみたい。

北高官の発言は通常、国内向けと外の世界向けの2種類がある。金星大使の発言は自国を批判した国際機関トップに対して「誤報だ」として非難した。考えられる理由は、①威信を重視する北側の日常的な外交反応、②普段は無視できる範囲だが、国連総会という舞台での北批判に対し、看過しないという毅然とした姿勢を誇示、③北が核問題、非核化問題を再び持ち出して、国際政治のアジェンダに再浮上させ、米国との交渉材料に使うため、意図的に攻撃的な反応を見せて、相手側の反応を探る、等々が考えられる。

ここでは③のシナリオにポイントを合わせて考えたい。③は国際社会の反応、もっと具体的に言えば、米新政権の北の核問題への対応を探る狙いがあったはずだ。一種のアドバルーンだ。グロッシ事務局長の発言はそのための格好の契機となったわけだ。③の狙いはいうまでもなく国連の対北制裁の解除だ。

もう少し突っ込んで憶測したい。金正恩労働党委員長は暗礁に乗り上げたトランプ政権との非核化交渉を何とか再活性化したいはずだ。ただし、金正恩氏は非核化に応じる考えはない。先月10日に開催された朝鮮労働党創建75周年祝賀会で金正恩党委員長が語った演説内容を思い出すべきだろう。「先軍政治」の成果というべき核兵器を中心とした軍事抑止力の強化を強調している。深夜に挙行された軍事パレートでは米本土まで届く新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)を初めて披露し、新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)も登場させたといわれる。

(北朝鮮はこれまで6回の核実験を実施し、核爆発を重ねる度にその核能力を発展させてきた。2006年10月に1回目の核実験を実施した。その爆発規模は1キロトン以下、マグニチュード4.1だった。17年9月3日には爆発規模160キロトンの核実験を行った。北側の発表では「水爆」だという。核兵器の小型化、弾道ミサイルの精密度を高める一方、潜水艦発射ミサイルの開発を急いでいる)

すなわち、非核化に応じる考えはないが、米国と非核化交渉を再開し、うまくいけば制裁解除を獲得したいという勝手な狙いだ。米国側は北の狙いを知っているが、金正恩氏からオファーが飛び出せば、応じる姿勢を見せるだろうという読みだ。それで得をするのは北側だが、世界の指導国家米国も政治的威信を高める効果はある。対中政策の視点からも北朝鮮との交渉はそれなりのインパクトがあるから、米国側は北側との交渉に応じてくるという読みだ。

北側が懐に温めている交渉カードは「IAEA復帰」だ。そのために北側は手を打ってきた。北外務省は今年、北外務省の米交渉専門家、崔ガンイル外務省前北米局副局長(Choe kang il)をオーストリア大使として派遣している。同新大使は6月30日、ウィーンのホーフブルクの大統領府でファン・デア・ベレン大統領に信任状を手渡した。崔ガンイル大使は「米国通」外交官といわれ、崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官の補佐としてシンガポール(2018年6月)、ハノイ(2019年2月)での米朝首脳会談やスウェーデンの米朝実務会談に参加してきた実務型外交官だ。同大使は平壌から「IAEAへの再加盟への道を模索せよ」という使命を受けてきたはずだ。その目的は、「IAEA再加盟」というカードをチラつかせながら、米国を引き寄せるというわけだ。

(北朝鮮は1992年1月30日、IAEAとの間で核保障措置協定を締結した。IAEAは93年2月、北が不法な核関連活動をしているとして、北に「特別査察」の実施を要求したが、北は拒否。その直後、北はNPTからの脱退を表明した。翌94年、米朝核合意がいったん実現し、北はNPTに留まったものの、ウラン濃縮開発容疑が浮上すると、2002年12月、IAEA査察員を国外退去させ、その翌年、NPTとIAEAからの脱退を表明した。

2006年、6カ国協議の共同合意に基づいて、北の核施設への「初期段階の措置」が承認され、IAEAは再び北朝鮮の核施設の監視を再開したが、北は09年4月、IAEA査察官を国外追放。それ以降、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを完全に失い、現在に至る。IAEAは過去11年間、北の核関連施設へのアクセスを完全に失った状況が続いている)

ちなみに、IAEAを今回批判した金星国連大使は数年間、ウィーンに在中し、国連犯罪薬物事務所(UNODC)との交渉で一定の成果をあげた外交官だ。金正恩氏は対米交渉の専門家崔ガンイル大使をウィーンに送る一方、国連交渉に慣れている金星氏を2018年9月、ニューヨークの国連大使に任命し、「IAEA復帰のXデー」のための布石を打ってきたわけだ(「北の新国連大使・金ソン氏の横顔」2018年9月16日参考)。

このように憶測を逞しくしていけば、金星国連大使が、グロッシ事務局長の北核問題への懸念表明発言に反発した理由も少し分かるというものだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。