本日(11月17日)の朝日新聞(関西版)の一面トップで報じられているカプコン社の身代金ウイルス事件はひさびさに震えるような大事件であります。深い闇の中から社内ネットワークに侵入して機密情報を破壊し、一方で盗んだ情報を小出しに公開するということで、事件を公表した日からすでに16%も株価が下落しています。
「身代金要求には絶対に応じない」といった断固たる意思は立派ですが、深い闇の中で公開されている機密情報がもし一般の人たちも閲覧可能な状況となった場合の企業価値の低下は計り知れない規模になりそうです。今後の事件の展開に注目しております(以下、本題です)。
さて、コロナ禍ではありますが、先週、東京のとても大きな某上場会社の役員コンプライアンス研修が開催されまして、2日間、研修の講師をさせていただきました。参加されたのは社長を含む社内取締役、監査役全員と執行役員の皆様です。その会社では「初めての試み」として、研修の前と後に「当社のリスクとして重大と考えている項目を3つ選んでください」というアンケート(同じ質問)への回答を(スマホを利用して)集計しました。
この「試み」を最初に聞いたとき、正直申し上げて、私は「そんな、いいオトナが研修やったくらいでリスク感覚が変わるなんてことないよなぁ。『研修の効果はなかった』という集計結果が出てしまって、むしろ逆効果じゃないの?」と不安に感じておりました。しかしながら(私の研修の内容が良かったかどうかは別として)、アンケート集計結果は、研修の前後で大きく異なりました。
10項目のうち、研修前に当該会社の役員の方々が重大リスクと考えていたのは「セクハラ」「パワハラ」「ルール・社内規定・法令違反」という項目が多かったのですが、研修後は多い順から「社内政治的な忖度」「モノが言いにくい組織風土・情報伝達における風通しの悪さ」「グループ行動規範に背く行為」の3項目が重大リスクとして挙げられました。本当に、社長や役付取締役の目の前で、このような集計結果が出たのです。これには研修の講師を務めた私も驚きましたし、責任者の方々も驚きました。
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ここからは私の推測にすぎませんが、会社の役員の皆様も「本当の不祥事の芽は何か」という点は薄々わかっておられるのではないでしょうか。ただ、確信がもてないまま日常の業務執行に勤しんでおられるわけですが、こうやって外部の人間からコンプライアンス研修を受けることで「やっぱりそうか。不祥事の根本原因は、自分がふだんからモヤモヤっと感じているところと差はないのだ」といった確信を得ることになったものと思います。そのような確信を得ることで、経営トップの目の前でも「社内政治的な忖度が重大リスク」と堂々と意見を言えるようになるのでしょう。
有識者が外からやってきて、役員の方々が知らないこと、気づいていないことを理解してもらうことも大切かもしれません。ただ、私のような「特に最先端の専門領域」を持たない弁護士でも、「皆様がふだん『こうじゃないかな・・・』と素朴に感じていることを『なるほど、やっぱり俺の想いは正しいんだ』と再認識してもらうこと」に役にたつのであれば、やはりコンプライアンス研修も重要なトレーニングの機会になります。
最近、ガバナンス改革を契機に「取締役会の多様性」が注目されるようになりましたが、私は女性役員や外国人役員を集めることが多様性ではなく、社内の取締役の多様性を引き出すことが重要だと考えるようになりました。よく不祥事の原因分析において「社内の常識と社外の常識のズレが生じていた」と言われますが、そんなに言われるほど「社内の常識」が一枚岩ではありません。
それは一枚岩に見えるように忖度する空気が存在するからであり、むしろ取締役会等の重要会議において社内役員の方々が様々な意見を出し合い、最後は「企業理念」とか最近はやりの「パーパス」によって意見を統一させるプロセスこそ「取締役会の多様性」ではないか、と考えています。
毎度申し上げておりますとおり、企業の信用を毀損する不祥事は「一次不祥事」ではなく「二次不祥事」(「一次不祥事」を隠す、虚偽報告する、証拠を廃棄する、放置する・見て見ぬふりをする)にあると考えておりますが、こういった日本の組織文化に根差す「二次不祥事」を防止するためにこそ、社内役員の多様性を顕在化させる研修が必要だと思うところであります。
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年11月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。